『ロボット・ハート・アップデート ~サンタクロースの友達~』公式サイト
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 序幕

 まだ幼かったころ、僕は魔法というものの存在を信じていた。
 無理もなかったと今でも思う。母親が読み聞かせてくれた数多くのおとぎ話にも魔法は登場したし、テレビ番組に出演する魔法使いだって大勢いた。隠されたトランプの絵柄を言い当てるマジシャンとか、帽子の中からたくさん鳩を出すマントの怪人とか。
 実際に会ったことはなかったが、それでも当時の僕は日常生活の中で彼らの痕跡を探すのに夢中だった。特にクリスマスの朝なんかは格好のチャンスで、枕元にいつの間にかおもちゃが置かれているのを見つけると、すぐに家中の戸締りを調べたりしていた。そして鍵が掛かっていることを確認すると、やはりサンタクロースも魔法使いだったのだと喜ぶのだ。魔法でも使わなければ、鍵の掛かった家に侵入して枕元にプレゼントを届けるなんて無理に違いない――それが当時の僕の理屈だった。
 そんな風にして、僕は毎年クリスマスを魔法の日だと喜んでいた。
 はるか海の向こうの魔法の国から、サンタは魔法のソリで飛んで来たのだ、と。
 ちょうど、魔女が魔法のホウキで飛ぶのと同じように。

 しかし成長するにつれ、僕は魔法だと思っていたものたちの正体を知った。
 風船や飛行機がヘリウムガスやジェットエンジンといった科学的根拠に基づいて飛んでいることを学び、手品師のトリックのタネ明かしがテレビで流行し、クリスマスの夜中にこっそり枕元にプレゼントを置いていく父親の影に気付く。
 そんな風にして僕の世界の「魔法」たちは、大人が容赦なく突きつけてくる現実に潰されてあっけなく絶滅した。
 僕が「俺」になったのも、そのころだったと思う。
 ところが俺たちが渋々受け入れてきた現実は、空から落ちてきたひとつの隕石がもたらした不思議な力によって、再び「魔法」を取り戻しつつあるらしい。隕石が落ちた場所に生まれたおとぎ話のような人工島の存在を聞いて、高校を卒業した俺はそこで働くことを決めた。
 もう一度、魔法をこの目で見たかったからだ。
 子供のような理由だと自分でも思う。
 そして今、二十一世紀になって数十年。
 俺はまだ、魔法の存在を信じている。

         *

『――事件が発生した。現場に急行できる者はいるか』
 細い腕に巻かれた小さな端末から、男の声が響く。
「はい、出動できます」
 呼び掛けに応じたのは、凛とした少女の声だった。
『……きみは誰かね? 名前と所属を教えてくれ』
「名前は、白鳥(しらとり)クロエ。本日からこの島の警察署に配属される訓練生です」
『そうか、きみが白鳥くんか……話は聞いているよ。私は窃盗対策課の課長、松浦だ』
「存じております。……事件の詳細を」
 淀みなく受け答える少女に、松浦は小さく笑った。
『さすが白鳥くん、せっかちなところは父親譲りだな。だがその前に現在地を教えてくれ』
「はい。たったいま橋を渡って、島の北端へ到着したところです」
 それならば都合がいい、と松浦は事件の詳細を説明した。それを聞き終えたクロエは通信を切り、目の前に広がる景色に視線を戻した。制服の上に羽織った黒いコートが冬の風に翻る。
「ここが実乃璃島(みのりじま)ね……」
 そびえ立つ巨大な剣山を前に、クロエはひとり呟く。
 この国の首都の南に広がる海には、世界でも類を見ないほど長大なコンクリートの橋が渡されている。その南端に、今まさに夜景の光を放っているひとつの人工島があった。
 それが、高層ビル群に隅々まで埋め尽くされたここ実乃璃島である。
 この島は近年に発明されたとあるテクノロジーの開発特区として人工的に造られた場所で、人間とロボットが共に暮らしている。あらゆる建造物の高度は一千メートル以下と条例で定められていて、高層ビルの密集する島全体のシルエットは直径二十キロの潰れた円柱、まさしく光る剣山のようだった。本土の首都ですら三、四百メートルのビルが散在する程度であることを考えれば、この島の未来的な景観はあきらかに異質なレベルといえる。
 実乃璃島のみを例外として、この国ではいまだロボットの一般利用は認められていない。
 そのため、利用を解禁するためのテストとして「人間をトップとするロボットの警察隊による治安維持」の実証実験のリーダーとなるために島へ送り出されたのが、クロエだった。
 卒業を間近に控えた十七歳。警察庁幹部である白鳥正鷹(まさたか)の一人娘にして一番弟子。
 彼女は特別警察官養成学校での三年間、一度も成績トップの座を奪われることなく駆け抜けてきたエリート中のエリートである。今回の実証実験は、クロエ自身の卒業を賭けた最終試験も兼ねていた。
 絶対に試験に合格してみせる――クロエは鋭い眼差しを正面に据えて、その瞳に宿る挑むような光を高層ビル群に叩きつける。夜の明かりに輝く眼前の高層都市も、その心意気や良し、と応えるかのごとく、巻き上げるような冷たいビル風をクロエの全身にひときわ強く浴びせたのだった。

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