『ロボット・ハート・アップデート ~サンタクロースの友達~』公式サイト
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 第一幕、「くせ者、出会う」

「な、なっ……!?」
 目の前の少女は、声を詰まらせるほどの怒りと恥ずかしさで顔を真っ赤にしながらナオトを睨みつけていた。普段は穏やかな表情が印象的な彼女だったが、こういう時だけは途端に余裕を失ってあたふたしてしまうのだった。
 いい加減に慣れてほしいものだ。あくまで業務上必要な保守作業であって、他意はない。
「なんてことするんですかっ!」
「いや、再起動しただけなんだけど……」
 怒りに肩を震わせながら詰め寄ってくる彼女を、しかしナオトは軽く受け流す。

 パソコンが動かなくなったときは三つのボタンを同時に押せばいい。
 コントロールキーを筆頭に組み合わされたそれら三つの特殊キーを同時押しすれば、パソコンがエラーを起こしていようがなんだろうが大抵の場合はシステムを強制的に再起動して解決できる。市販のパソコンの大多数はそうなっている。学校で教えられる訳でもないが、パソコンをある程度たしなむ人間なら誰もが習得している現代社会の基礎知識だ。
 高校を卒業し、今年の春から引っ越してきたこの実乃璃島の家電量販店に就職してはや半年と少し。販売員としてのサラリーマン生活にも慣れてきた守屋(もりや)ナオトにとって、そんなことは百も承知だった。
 では、パソコンが人のカタチをしている場合はどうすればいい?
 二ヶ月前に研修期間を終えた際、ナオトは晴れて正社員として任命されると同時に、業務上のアシスタントとして一体のロボットを支給された。
 それが、たった今突然倒れて動かなくなってしまい、やむなく再起動させた少女型ロボットである彼女、スノウだ。店内で倒れた彼女を店員用休憩室の仮眠ベッドに運んだまでは良かったが、ようやく再起動した途端にこれだ。
 スノウの再起動に必要な特殊キーのうちの最初のひとつであるコントロールキーは、彼女の手のひらに埋め込まれている。考えてみれば人間だって手を握って引っ張られれば動きをコントロールされてしまうわけで、理屈に適っているといえばそうだ。そして二つ目のオルトキーは背中に付いている。この理由は分からないが、まあ良しとしよう。しかし三つ目のデリートキーの位置がよりにもよって唇にあると初めて知ったときは、彼女の開発者の正気を疑いたくなった。
 なぜならこの三つのボタンを同時に押そうと思ったら、まずは片方の手で相手の手を握り、空いたもう片方の手は背中に回すことになる。すると両手が塞がってしまうため、残る唇のキーは自分も「同じ部分」で押すしかなくなる。
 つまり、キスするしかない。
 結果として、スノウは再起動のたびに恥ずかしさで怒ってしまうのだった。
 スノウは拳を握り締め、真っ赤な顔で目を三角に吊り上げる。
 恥ずかしさのためかわなわなと震えていた唇から、ようやく言葉が絞り出された。
「……おっ、お、乙女の純情をなんだと思ってるんですか!」
 瞳の端に涙すらも浮かべ始めた彼女に対して、ナオトはにべもない言葉を返す。
「元々お前にそんなものはないだろ。自慢の脳内無線通信で『乙女の純情 スノウ』で検索してみたらどうだ?『0件 見つかりませんでした』って出てくると思うぞ」
「ありますっ! 子供には見せられないのでフィルタリングされてるだけですっ」
「規制されるようなエグい純情なのか……はて、純情とは一体……?」
 おお、とわざとらしく天を仰ぐナオト。茶化されたことに一層腹を立てたスノウは、頭から湯気を出しそうな勢いで拳を握り締める。
「ロボットにだって繊細なハートがあるんです! まったく、人の気も知らないで……!」
 人の気じゃなくてロボットの気だろ、とさらに茶々を入れようとして、やめた。これ以上はさすがに後が怖そうだ。
「わかったわかった、俺が悪かったって」
 笑いながらナオトは肩をすくめる。
 ナオトも初めはこの再起動の方法に当然ながら違和感を覚えた。しかし仕事は仕事、相手はロボット――そう言い聞かせて何度も回数を重ねるうちに、意外にもナオトは再起動の方法にすっかり慣れてしまっていた。
 慣れることは昔から得意だった。両親の仕事の都合で、転校の多い学生生活だったからだ。新しい環境の中で自分の居場所を得るためにナオトが気をつけていたことは、まずその土地のルールを知り、そして従うことだった。適応力というものはいつだって身を助けるのだ。
 そんな風にして動じなくなった自分とは対照的に、スノウはいまだにぷんすかと怒っている。その表情を眺めながら、ナオトは少しピントのずれたことを考えていた。
 スノウを含め、やはり彼女たちロボットはあまりにも「人間らしすぎる」、と。
 柔らかそうな淡い色の長髪がよく似合う、少しあどけなさの残る顔立ち。旧式のモーターで動いているためか彼女の振る舞いは少しバタバタしているところがあって、それが幼い印象をより強調している。そんなこともあり、ナオトは気付けば彼女をロボットというより新しくできた妹のように感じていた。
 しかしその一方で、彼女のうなじには肌色のカバーで覆われたデータ送受信用のケーブルコネクタが髪で隠されているのも事実だ。へその奥に外装を取り外すためのネジが埋め込まれているのも、実際に見たことこそなかったが説明書を読んで把握している。ひょっとしたら他にも端子が体のどこかに付いているのかもしれないが、それを調べる気にはならなかった。なぜなら彼女が着ている細身のシャツやその上に羽織られた薄手の店員用ジャケット、それに濃いグレーのスカートなどは人間が身に着けるそれと全く同じもので、その内側が機械でできているというのはどうにも実感が湧かないからだ。
 彼女のロボットとしての性能は低い、らしい。
 まだ人型ロボットが愛玩用や子守り用としてしか利用されていなかった時代の身体パーツやCPUに、そのまま最新の思考システムを導入しただけのアンバランスな代物なのだ。よって、あまり高い負荷をかけるとCPUがエラーを起こしてしまうため気をつけること――そう忠告されてはいたものの、まさか今月のスケジュールを覚えさせようとしただけで気絶してしまうとは思わなかった。
 ナオトは軽く目眩を覚えながらも、改めてスノウに今月のスケジュールを教えることにした。仕事覚えの悪い彼女を擁護するわけではないが、確かに十二月はなにかと忙しい時期だった。今日の閉店後にもさっそく店内をクリスマス用の装飾に衣替えする残業が控えており、これからクリスマスや年末年始の商戦にかけて、忙しさは増していく一方なのだろう。
 この頼りない相棒と年の瀬を乗り越えなければならない苦労を考えると、ナオトは脱力感に襲われてしまう。つい出てしまった大きなため息が二人のいる小さな休憩室に響いた瞬間、
「誰かいるか! 最上階のレジカウンターが人手不足だ!」
 怒るような声と共に、ドアを荒々しく開けて休憩室に飛び込んできたのは上司の瀬名(せな)ツカサだ。店じゅうを走り回ったのか、彼女は額にうっすらと汗を浮かべている。
 しかし、隙のない目つきと引き締まった表情はいつもと変わらない。肩の上で切り揃えられた黒髪やグレーのパンツスーツとも相まって、まだ二十代半ばにもかかわらず、いかにも仕事ができそうな――言い換えれば、性格がキツそうに見えるのが瀬名だった。
 そんな彼女が姿を現したのに気付いて、ナオトは顔を上げた。
「ああ、瀬名さん」
「おっ、ちょうどヒマそうな奴が二人いるな」
 普通なら、応援を呼ぶ時は無線や店内放送を使うのが基本だ。しかし瀬名のいるパソコン売り場の連絡用無線機は故障なのか、たまに使えないことがあった。だからこそ彼女はわざわざこんなところまで走ってきたのだろう。
「ええ、俺は行けます。ただ、こいつがちょっと……」
 ナオトは苦笑いを浮かべながら、いまだ怒りの覚めやらぬスノウを横目で見る。
「どうした?」と瀬名は尋ねたが、頬を膨らませた涙目のスノウを見て、彼女の再起動の方法を知っていた瀬名は状況を完璧に理解したらしい。彼女の目が、にやりと意地の悪い色を帯びる。仕事熱心な瀬名だったが、実は後輩をいじり倒して遊ぶ癖があるのだ。
 それでも基本的にそつのない仕事ぶりには定評があるため、上司や同僚、後輩と各方面からも信頼は厚い。
「再起動のキスなんて、気にするほどのことじゃないだろう。別に減るもんでもない」
 スノウの肩をぽんぽんと叩いた瀬名は、からかうように笑った。
「で、でもっ」
 スノウは不満げな顔のまま、もう一度反論を試みる。
「いくらなんでもこのボタンの配置はおかしいですっ! なんで目を覚ますのにわざわざキスされる必要があるんですか? それにいつも目を開けたらもうキスが終わった後だなんて、わたしにも心の準備が……」
 言いながらまた恥ずかしくなってしまったのか、スノウの声は消え入るように尻すぼみになっていく。そんな彼女の様子を見て、瀬名はとうとう小さく吹き出した。
「ふふ……傍目に見ている分には楽しいぞ。だがまあ、確かにな」
「そうですよ、おかしいですよっ! ボタンの配置を変えることはできないんですか?」
 せめて唇のデリートキーくらいは、と詰め寄るスノウに、瀬名は軽く肩をすくめた。
「それは私たちには分からん。配置には一応理由もあったはずだが……お前を作った開発者にでも直訴すれば、ひょっとすると変えられるかもしれん。だがそれより――」
 そこまで言ってから、瀬名はわざとらしく顎に手を当てて眉根を寄せた。
 そして、スノウの表情を覗き込んで、
「そんなに意識せんでもいいだろう? まさかナオトに惚れたか?」
 そう言って、また意地の悪い笑みを作った。そのせいでせっかく元に戻り始めていたスノウの顔は再び赤く染まる。
「……っ! 何言ってるんですかっ!」
 またジタバタと暴れ始めてしまったスノウを見かねたナオトが、呆れつつ助け舟を出す。
「瀬名さん、スノウで遊ばないでくださいよ……人手が足りないんじゃなかったんですか?」
「あっはっは。そうだったな、悪い悪い。反応が面白いから、つい、な?」
 瀬名はまったく悪びれる様子もなく、笑いながらスノウの背中をぽんと叩いて、
「それじゃ、最上階の中央売り場レジに五分以内に頼むぞ」
 愉快そうな笑い声を残して去っていった。

 スノウのような人型ロボットが世に出始めたのは二十年ほど昔、ナオトが生まれる少し前の頃だった。
 かつて、この国の首都圏から南に百キロの海底に、大型の隕石が衝突した。衝突の直前には多くの科学者が衝突の回避を試みたが成功せず、一時は大災害になるのではと大騒ぎになった。
 ところが、奇妙なことが起こった。結局その隕石は海底に突き刺さったものの津波や地震をほとんど引き起こさず、代わりに周辺の地殻成分を未知の組成へと変えてしまったのだ。
 隕石の正体と変質した海底の土壌を調査するため、科学者たちは衝突地点に調査プラントを建造した。そして研究の結果、隕石と変質した周辺の土壌は結晶へと姿を変えていることが判明し、その結晶は不思議な三つの性質を持っていることが分かった。

 それは、人が祈れば光る。
 それは、人が願えば動く。
 それは、人が望めば熱をもつ。

 触れた人間の脳波を読み取りエネルギーを発生するその石は、最初にその特性を発見した科学者によって「祈石(きせき)」と名付けられた。
 当時、ロボットたちはようやく安定した自立歩行と自然な会話能力を手に入れたばかりの時期だった。そして次なる開発課題は、高機能化により増加した消費電力をどう賄うかというものだった。そんな折、祈石の発見はこの課題にとってまさに渡りに船といえた。心臓部に祈石を埋め込まれたロボットは、人間に触れられながら「望まれる」ことにより、祈石に熱が発生する。その熱を電力に変換することによって、ロボットはそれをエネルギーに行動できるようになったのだ。
 消費電力の問題をクリアしたロボット開発は急速に進み、やがて彼らは人と変わらぬ外見を伴って社会に普及し始めた。かつては高額だったロボットが、今では充分な性能のものが自動車と同じくらいの値段で買えるようになっている。現にいま実乃璃島の一般家庭に広まっているロボットのほとんどは、外見、動作、会話能力において人間と見分けがつかないほどだった。
 もっとも、低コスト化を実現した理由は祈石の導入だけではなく、思考プログラムや記憶を司るパーツを家庭用のパソコンと共通化させた点も大きい。かつて、ロボットを法律に従わせるためには複雑な思考制御システムを組む必要があった。しかしその解決にあたっては、祈石を最初に発見した科学者がまたもや活躍することとなった。その科学者はロボットのために、彼らの充電装置である祈石デバイスとバッテリーを強固に結びつける独自のセキュリティプログラムを開発したのだ。そのプログラムによって思考システムは劇的に簡略化され、パソコンとのパーツ共通化にこぎつけた。それに伴う価格の低下は、ここ実乃璃島にロボットを普及させる大きな助けとなった。
 祈石を埋め込まれたロボットには「祈石ロボット」という正式名が与えられていたが、この人工島で暮らす人々は彼らのことを単に「ロボット」と呼んでいる。それほどまでに、この島には祈石ロボットが広く普及しているのだ。

「それで、最上階では何を売っているんでしたっけ?」
 ようやく機嫌を直したらしいスノウは、いつもの気の抜けた顔で首を傾げる。そんなことも知らないのか、とナオトは嘆息した。物覚えの悪い彼女は、この店で売っている商品すらまだ把握しきれていないらしい。
 店の最上階へ続くエレベーターに彼女を乗せたナオトは、今度はゆっくりと説明するよう注意を払うことにした。先ほどのように早口でまくしたてると、また気を失いかねない。
「お前も一度くらい来たことあるだろ……最上階ではホウキを売っているんだよ」
「ホウキ?」
 物覚えが悪いだけでなく世間知らずでもあるスノウは、またも首を傾げる。

 祈石の発見によって社会にもたらされたものは、ロボットだけではない。当時、もうひとつ発明されたものがあった。
 それは、見た目はまるで箒(ほうき)のような形をした移動道具『包括制御装置付乗用浮遊機(ほうかつせいぎょそうちつきじょうようふゆうき)』だ。
 祈石の、「願えば動く」作用に着目した家電メーカーによって開発されたもので、細長い棒状の本体にさまざまな制御装置を祈石と合わせて組み込まれた飛行機械である。
 当初、ホウキは『乗用浮遊機(じょうようふゆうき)』として開発され、次世代の移動道具として期待されていた。しかし、初期の浮遊機は制御装置の不備によって事故が相次いだ。
 そこで、家電メーカーは制御装置を大幅に改良したのちに『包括制御装置付乗用浮遊機』として改めて売り出し、浮遊機のイメージの一新を図った。世間に不信感は残っていたものの、メーカーの地道な広報活動と試乗会等により改良は少しずつ認知され、若者を中心にある程度普及させることに成功した。
 また、ほぼ同時期に、この新型浮遊機には元の長々とした正式名称の最初と最後の文字「包」「機」を繋げた「ホウキ」という呼称が定着した。それにまたがって飛ぶ姿はまるで、おとぎ話に出てくる魔女のホウキのようだったためである。

 ここまで彼女に説明したところで、ナオトたちの乗ったエレベーターは終点に着いた。
「やっぱり寒いな、ここは」
 ナオトが思わずそう呟いたのは、上層階であるこのフロアの標高があまりにも高すぎるせいだ。そしてこのビルの最上部には、あろうことか屋根が無かった。
 エレベーターで行けるのは、ここ百五十階まで。さらに上には二十階分の吹き抜けがあり、最上階である百七十階までがまるごとホウキ売り場として利用されている。そしてその上には、吹きさらしの十二月の夕空が広がっているのだ。寒々しいまでに透明な薄橙の空気は、東の空から迫る闇にゆっくりと侵食されつつあった。もしも店内の照明を落とせば、一番星くらいはもう見えてもおかしくはない頃合いだ。今のような冬ともなると、まるで冷たい井戸の底から天を見上げるような気分だった。
 ところがスノウは寒さなど感じていないのか、空を少しの間だけ見上げてから、
「あっ、わたしここに来たことある気がしてきました!」と頷いている。
「やっと思い出したか。もう忘れるなよ」
「忘れてなんかいません! 圧縮された記憶データの解凍に時間がかかっただけです」
「似たようなもんだろ……ちなみにレジはこっちな」
 ナオトがそう言ってスノウに指差した先には、店員用カウンターがあった。フロアのほぼ中央にあるそこにはレジが三台並んでおり、その内のひとつでは瀬名ツカサのパートナーである長身の青年型ロボット、ジェイが客の行列を捌(さば)いていた。
「おや、助っ人はナオトくんとスノウくんか。ツカサに呼ばれたのは君たちかい?」
「はい。二番レジ、開きましょうか?」
 客と応対する合間を縫って、ナオトはジェイと短く会話を交わす。金髪をすっきりと整えた髪型と理知的な顔立ちには、疲れやバッテリー不足の影など少しも見えなかった。ナオトは彼を、瀬名と同じく仕事上の先輩と位置づけて接することにしている。
「ありがとう。でもそれより、先に天井のゲートを閉めてきてくれると助かるよ」
「わかりました。お客さんも寒いでしょうからね」
 自分も身を震わせつつ、ナオトは頷いた。吹き抜けの天井にぽっかりと開かれた穴は、可動式のゲートによって日没後は閉鎖されることになっている。
「ナオトさん、確かゲートを閉めるには最上階の開閉パネルを操作すればいいんですよね」
「ああ、周囲の安全確認を忘れるなよ?」
 忘れっぽいスノウにナオトは釘を刺す。もしもホウキの試乗を行っている客がゲート付近にいれば、不用意な操作は事故を招きかねない。しかしそんな心配などお構いなしに、スノウは「まっかせてください!」と張り切った笑顔を浮かべるのだった。

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