『ロボット・ハート・アップデート ~サンタクロースの友達~』公式サイト
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         *

 ゲートの操作パネルのある最上階へ向かうため、二人はレジを離れてエスカレーターに乗る。
 その時だった。
「すごーい! ホウキがたくさんだー!」
 背後から、やたら元気のいい声が耳に飛び込んできた。思わずナオトが振り返ると、そこにはスノウと外見的には年齢の変わらないひとりの少女が、二人を追い抜くように駆け上ってきていた。
 真冬だというのに自転車レースの選手みたいな派手な色のジャージを着て、腰から下にはまるでランプの精を呼び出すアラブ人のような、ゆるいシルエットのパンツを履いている。
 歩きやすいようにか、その内側の部分だけがくり抜かれた不思議なデザインになっていて、黒いショートスパッツがちらりと覗いていた。
 少女がエスカレーターを一段飛ばしで跳ねるように駆け上がってくる。そのたびに、肩から提げている小さな鞄と明るい色のセミロングの髪が踊るように揺れる。エスカレーターの階段もガタガタと音を立てる。
 ガキみたいな奴だな、とナオトは思った。同時に「お客さん! エスカレーターでは走らないでください!」と声をかける。すると少女は追い抜きざまに、
「ん? おおっ、お店の人!」
 ナオトたちに気付いて急ブレーキをかけた。そして今度は、あろうことかエスカレーターを逆走して二人のすぐ近くまで戻ってくる。
「ちょっ、お客さ――」
「これ全部乗っていいのっ!?」
 ナオトの言葉を遮(さえぎ)るような勢いで、少女は身を乗り出していきなり尋ねる。
「え? いいですけど試乗には承諾書(しょうだくしょ)にサインを――」
「ありがとっ!」
「いやいや、ちょ、ま……!」
 またもナオトが言い終える前に、じゃあね! と少女は元気よく二本指を立てて敬礼した。そして再びエスカレーターを踏み鳴らしながら駆け上っていく。
「……行ってしまいましたね」
 隣にいたスノウがきょとん、とした表情で呟く。
「そうだな、行ってしまいましたな」
 ナオトもそんな彼女に倣(なら)いそうになり、はっと思いとどまった。
「……って、そんな呑気にしてる場合じゃねぇ! 追うぞ!」
 ナオトは直感した。あの客は絶対に何かトラブルを起こすに違いない。それもほとんど今すぐに。
 慌てて追いかけようと、ナオトはエスカレーターを駆け上がり始める。
 ナオトは、入社した際に読んだ接客マニュアルの一文を思い出していた。そこには、「試乗の際には、ホウキに傷をつけたり事故を起こしたりした際に責任の所在をはっきりさせるため、承諾書にサインをしてもらう必要がある」と書かれていた。もしサインなしに試乗者が事故を起こした場合、店側の責任になってしまうからだ。
 ナオトは走りつつ、少女の「乗っていいの?」に対して「いいですけど」と中途半端に答えたことを後悔していた。あれは自分が許可を出したことになるんだろうか。止められなかった場合、自分が責任を取って減給やクビといった処分を受けるのだろうか。ただでさえ貧乏生活、安月給の身でそれは厳しい。今のアパート住まいの生活すら危うくなるかもしれない。
 今月からは社内ローン扱いで買わされたスノウの分割払いだって始まるのだ。春からは住民税だって払わなきゃいけない。食費を浮かせればなんとかなるかも――と思ったが、ダメだ。
 既に週三回はもやし炒めなのだ。これ以上となると、食パンの耳を揚げるしかなくなる。
「お客さーん! 承諾書ぉぉーーーー!」
 そんなナオトの叫びが自然と必死なものになっていくのは、言うまでもなかった。

          *

 さすがお客様、お目が高い。
 ――とでも、普段ならにこやかな営業スマイルで言えるのだろう。
 しかし今のナオトの気分としては、最悪だ、としか言いようがなかった。
 あの少女がどのホウキに試乗しようとするにせよ、なんらかの面倒は起こりそうだ。となれば、せめて試乗するホウキは安い商品のほうがいい。埋め込まれている祈石の出力も弱いし、何より壊されても被害額が少ない。
 ところが少女は下層の階にある安い機体には目もくれず、ナオトたちに追いかけられていることにすら気付かず、一直線に最上階を目指して駆け上がっている。最上階には店の最高級機が陳列してあるはずだった。
 ナオトは記憶の中の在庫リストから、店で最も定価の高いその商品の名を思い出す。
 マギロイド社製のプレミアムスポーツモデルのホウキ、機体名は「マリエンバード」。
 その額、一千万円。
 出力、五十魔力(まりき)。
「魔力」というのは、祈石のもつ出力をすべて運動エネルギーに換算したときの仕事率の単位である。基準としては、五十キログラムの物質を一秒で何メートル垂直に上昇させられるか、という目安で数値化されている。魔力という冗談のような呼び名とその算出方法は、かつての駆動機関で目安になっていた「馬力(ばりき)」を模しているのと、やはり魔女のホウキのイメージに由来するものらしい。少女を追いかけるナオトは彼女の体重を後ろ姿から推測してみるが、割と細い体つきをしているようなので五十キロよりも軽いだろう。つまり彼女がホウキに乗れば、最高で秒速五十メートル、時速にすると二百キロ近いスピードで飛ぶことができるはずだ。
 ほとんど空飛ぶ凶器である。乗る前に止めなければ!
「お客さまァー! こちらの商品のほうがおすすめですよォオオオ!」
 一応は客なのでそんな言葉で取り繕ってみるのだが、その剣幕は完全に、「くせ者じゃ、出あえ出あえー」のそれだった。エスカレーター暴走少女を止めるため、ナオトは呼びかけながらひた走る。周りの客たちも、何事かと二人に注目し始める。ナオトからだいぶ離れて、スノウもパタパタと慌てて追いかける。
 十階以上もエスカレーターを全力で駆け上がったところで、ナオトの足は悲鳴を上げ始めていた。それでも少女との距離が縮まらないところを見るに、どうやら相手はかなりの健脚――敵ながらあっぱれ、とはまったく思わない。やめてくれ。今すぐ善良で物静かで気前のいいお客さんに豹変してくれ。例えばその鞄から札束でも取り出して、「棚ごと売ってくださる?」とか言ってくれ。頼む、言ってください。成金趣味でもかまいません。小切手払いでも承りますので――!
 ゼェゼェと息を切らせたナオトが最上階へ続く最後のエスカレーターの手すりに手をかけた瞬間、キィィィィンと甲高いモーター音が聞こえてきた。まずい。あれは「マリエンバード」の起動音だ。ナオト自身はホウキに乗る趣味も免許もなかったが、以前別の客があのホウキに試乗しているときに音を聴いたことがあった。
「はぁ、はぁ、……お、お客さまァァァー!」
 ナオトがようやく最上階にたどり着いたとき、少女は既にマリエンバードに跨っていた。
 マリエンバードの見た目はホウキというより細身の水上バイクに似ている。その青く細長い流線型のフォルムからは、突き出した二本の角のようにハンドルが伸びていた。
 中央には乗馬の鞍のような形をした座席と、足を置くステップが付いている。一般的なホウキがほとんど箒のような形をしているのに比べて、マリエンバードはデザインからして異彩を放っていた。そして、この機体の展示スペースだけが高級機らしく赤絨毯が敷かれており、玉座のように一段高くなっている。さすが店の誇る看板商品、威風堂々といった雰囲気である。ジャージ少女さえ跨っていなければ。
「あっ、さっきのお店の人じゃん!」
 慣れた様子でハンドルの角度調整をしていた少女はナオトにようやく気付いた。そしてキラキラと満面の笑顔をこちらに向けてくる。
「すごいね、このホウキの出力! ワクワクするね!」
「で、ですので……承諾書にサインを、というか、勝手に、乗らないで、ください……」
 息も絶え絶えのナオトは、死にそうな足取りで少女に近づきながら呼びかける。もはや頭もうまく回らず、自分がなぜこんなに承諾書ばかりにこだわっているのかもよく分からなくなっていた。それでもなんとかして止めなければ、とナオトは最後の力を振り絞って手を伸ばし、少女の腕を掴もうとする。しかし無情にもその瞬間、
 ――少女とマリエンバードは天高く飛翔した。
「承諾書ぉぉぉぉぉお!」
 しょうだくしょーだくしょーだくしょーくしょーしょー……と、天に手を伸ばしたナオトの断末魔のような叫び声の残響を背景にして、少女は十二月の夜空へ飛び出した。
 直後、天井ゲートのセンサーがホウキの防犯タグに反応し、けたたましい警報音をフロア中に鳴り響かせ始める。
「大丈夫ですか? 何があったんですか?」
 遅れて追いついたスノウが、力尽きて倒れたナオトに駆け寄ってくる。
「終わった……いや、とんでもなく面倒なことが始まった……」
 ナオトは空を呆然と見上げながら、恨みがましくも思ってしまった。
 このままロボットのようにCPUエラーを起こしてフリーズできたらどんなに楽か、と。

         *

 事件の出動要請を受けて間もなく、クロエの左腕に装着された腕時計型の小型端末に情報が送信されてきた。画面には乗り逃げされた浮遊機の画像と通報者の連絡先、そして被害を受けた家電量販店の位置情報が表示される。クロエはそれを一瞬で記憶した。
「それにしても、早速の歓迎ね……」
 眉を小さく寄せながらも、口の端を不敵に吊り上げて呟く。
 勤務の初日から結果を出すチャンス――クロエはそう考えることにした。養成学校で積んだホウキの操縦訓練も、その成果を試すいい機会だ。
 彼女は大ぶりのジュラルミンケースを開け、中身を取り出した。
 いくつかの筒やグリップに分解されたそれは、彼女が養成学校に入学した当初から愛用するホウキ、「ハッツェンバッハ」である。素早く組み立てられて元の姿を取り戻したその外見は、長すぎる狙撃銃のような見た目をしていた。グリップや小型の前照灯などを備えたそのホウキは、腕の端末によって無線認証をすることで起動ロックが解除されるようになっている。官製ゆえの、セキュリティ性の高い起動方式だった。
「そういえば、支給された新しい制服があったわね……」
 クロエはふと思い出し、もうひとつの荷物である仕事鞄を開けた。今までは訓練生の制服を着用してホウキに乗っていたが、勤務にあたっては周囲からの視認性を高めるため特別に開発された専用服で搭乗するべし、と推奨されていたのだった。
 どうせ自分ひとりしか着る人間はいないのに、わざわざ専用服だなんて――そう思いながらクロエは鞄の底にあった黒い包装の袋を開け、その中身をはじめて確認した。
「何よ、これ……」
 驚きのあまり見開かれた彼女の目に映ったのは――

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