『ロボット・ハート・アップデート』公式サイト
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         *

 乗り逃げの騒ぎが発生してから数分後、ナオトは島を南北に貫く大通りをバイクで走っていた。前方に車や歩行者がいないか注意しつつ、隙を見て空を見上げる。冷たい風が顔面に容赦なくぶち当たり、ナオトは顔をしかめた。
 かなりの速度で走っているのも、慌てていたせいで寒い中を店員用の制服のままでバイクに乗るはめになったのも、すべてあのホウキ暴走少女のせいだった。
 あの後に一一〇番通報したナオトは警察が駆けつけるまでの間、ホウキ少女を見失わないよう追跡しつつ警察署へ連絡し続ける必要があったのだ。
 バイクを走らせながら腕の時計を見ると、時刻は午後七時を示していた。すっかり夜になった大通りの地上から見る街は雑多な明かりに彩られていて、特にここ北部中央区大通りはオフィスビル群と商業ビル群の間に位置しているせいか、飲食店も多い。
 今日の晩飯はいつごろ食えるんだろうな、とぼんやり思ったあたりで上空を動く強烈な光を見つけ、ナオトは慌ててバイクを停めてその正体を確認する。
 真冬の満月のように青白く輝くそのシルエットは、こちらに向かって北から南にジグザグ飛行しながらあっという間に頭上を飛び越えて行ってしまった。
 間違いなくあの少女だった。が、地上にいるナオトは為す術なく見送るしかない。
「……速ぇな、あいつ」
 しばらく呆然とホウキの軌跡を見上げてから、ようやく思い出したようにナオトは携帯電話を取り出す。そして警察に五回目の連絡を入れようとした時、もう一つの輝きが北のビル群の間から近づいてきていることに気付いた。
 赤くギラギラと威嚇するその光は遠くから急降下して、帰宅途中の人々の視線を釘付けにしながら地上近くでなめらかに減速をしてみせた。そしてナオトの目の前で天から降臨した女神のようにゆったりと着陸する。店でホウキを見慣れたナオトでさえ百点をあげたくなるような、完璧な着陸だった。
 ただし、その操縦者の服装を除いては。
「あなたが通報してくださった守屋ナオトさん?」
「え、ええ……まあ」
 呆然とその姿を見ていたナオトは凛とした声にたじろぎ、強張った返事をしてしまう。
「私は実乃璃署の白鳥と申します。それで、犯人はどちらに?」
 二つに束ねていてもなお肩にかかるほど長い黒髪をファサァ! と決めポーズのようにかき上げながら澄まし顔――ナオトと相対した少女は、なぜかゴスロリ魔法使いのコスプレをしていた。ナオトは思わず目をこすって二度見、幻覚でないことを確認する。
 襟のヒラヒラした布地が目につくシャツに緩いフリルのスカートを履き、手元では白い手袋が輝きを放っている。そして足元は、やはりフリルの飾りのついたニーソックスに革のブーツでキメていた。さらに極めつけは、魔女の象徴ともいえる大きな鍔付きの三角帽子である。
 その帽子に飾られた、祈石の織り込まれている赤いリボンこそが、パトカーのランプのような先ほどの赤い光の正体だったのだ。
「警察の方なんですよね? ……お若いですね」
 ナオトは念のため、疑いの色を悟られないよう注意しながら確認する。
「本日よりこちらの島に配属になった、白鳥クロエと申します」
 少女は瞳をまっすぐに向け、律儀にも再度名乗ってくれた。
 生真面目そうな少女だ、とナオトは思った。だがいかんせん、服装が――
「……あ、秋葉原からの応援部隊ですか?」
 言った直後、しまった、と思った。
 思わず脳内の突っ込みを言葉にしてしまったナオトに、クロエと名乗った少女はピクリと動きを止めた。
「……っ、し、首都の本庁から来ました。ちなみにこの服は私の趣味ではなく、本庁から支給されたものです」
 その少女は澄まし顔こそ崩さなかったが、小さな唇の端がピクピクと震えていた。わざわざ自分の趣味ではないと言うあたり、こちらの質問の意図、つまり「その格好はおかしいだろ」という気持ちを察したらしい。
「それが制服なんですか……大変ですね……」
 同情しながらも追い討ちをかけるようなナオトの言葉に、少女は小さく俯いてしまう。その頬にはわずかに朱が差していた。
 しかし彼女はすぐに顔を上げると、警察の威厳を取り戻そうとするかのように事務的な声音で「それよりも」と、姿勢を正す。

挿絵

「犯人はどちらに逃げましたか? 服装などは覚えていますか?」
「そうですね、この大通りを……五百メートルくらい上空ですかね、中心街のほうに飛んでいきましたよ。 服装は派手なジャージと変なパンツで、あなたと同じくらいの歳の女の子でした」
「そうですか……了解しました。今後なにか追加の情報があれば、私へ直接お願いします」
 そう言って、少女はナオトに自分の連絡先を教える。
「うちの最新機で逃げていきましたからね。警察の方でも追いつけるかどうか……」
 猛スピードでかっ飛んでいった暴走少女を思い出して呟いたナオトに対し、目の前の彼女はカツリ! とブーツを鳴らしてなぜか一歩詰め寄ってきた。
 そして、余裕の笑みで宣言する。
「ご心配なく。完璧な理論に基づいた訓練を積んだ私が、最新機とはいえたかが素人に負けるはずがありません」

         *

 クロエは再度ホウキに跨り、ひとまず上空から逃走犯の位置を確認することにした。
 ナオトから「うちの商品(ホウキ)にはなるべく傷をつけないように捕まえてくださいね」やら「あ、これも渡しておいてください」などと言われて今さら渡された試乗承諾書を、クロエは呆れながらも腰のポーチにしまった。ナオトは引き続き地上から追跡に協力するとのことだったので、彼と一旦別れたクロエはその場で上昇してビル群の上まで駆け上がった。
 クロエは上空からビル群を見下ろしてみる。視界いっぱいに広がった高層ビルの夜景は無数の明かりに彩られていて、その最上部ではかがり火のように赤い航空障害灯のライトが明滅を繰り返している。いまだ建設中のビルの頂上では、巨大なクレーンがキリンのように所在なく立ち尽くしていた。
「これが、『第二地平(だいにちへい)』……」
 クロエの唇から、感嘆ともつかない呟きが漏れる。
 この島を上から見下ろすと、無数のビル群がまるで地面からせり上がった地平線のように見えるために、実乃璃島の島民からそう呼ばれるようになったという。その光る大地はちょうど島の中心から八方向へ放射状に伸びる大通りによって、円形の島をケーキのように切り分けられていた。夜のため大通りは街灯や車やホウキの光などで一層くっきりと際立っており、クロエはその中に、周囲とは明らかに異質な速さと軌道で島の中心部へと飛んでいく光を見つけた。
「あれが逃走犯(ターゲット)ね」
 クロエはホウキを握り直すと、意識を再度集中させた。クロエの操縦意思がホウキ内部の祈石に伝達され、運動エネルギーへ変換される。彼女は腕の端末を口元に寄せた。
「こちら白鳥。時刻は十九時二十分より、被疑者の追跡を開始します」
 そう戦いの始まりを告げるように署へ連絡を済ませると、彼女の愛機ハッツェンバッハは鋭く発進した。眼下の追跡相手を視界の端で確認しながら、クロエはビルのジャングルへと飛び込んでいく。祈石を織り込んだ帽子のリボンが、再び赤く発光し始める。
 クロエは加速を続けながら、「警察です! 道を空けてください!」と周囲の市民に鋭く叫んでから最小限の回避行動をして、速度を落とさずに青白い光をなおも追跡する。ふいに強烈なビル風がホウキの動きを乱しても、さんざん訓練した成果かクロエは姿勢を素早く立て直すことができた。
 前方の青い光との距離が縮まってくる。これならいける、と彼女は確信した。
 やがて少女との距離は数十メートルほどまで近づいた。相手はまだ気付いていない。クロエは小さく息を吐いてから、ハッツェンバッハのグリップ部にあるスイッチを押し込んだ。ホウキに内蔵された速度計測器(スピードガン)のセンサーが、速度超過を証明するために対象の捕捉を開始する。
 しかし直後、少女はくるりと機体ごと体を上下に反転させたかと思うと、背面で急降下してクロエの視界から姿を消した。ブザーが不機嫌そうな音を立てて計測の失敗を告げると同時に、視界の正面に大きな鉄塔が立ちはだかる。
 少女に気を取られていたクロエは、はっとしながらも機体を捻って自らも下方へ急旋回し、鉄塔から突き出た無数のアンテナをなんとか回避した。彼女の背中をわずかに冷たい汗が流れ落ちる。
 いつのまにか、島の中心へ到達していたのだ。
 この島の中心には「ツリー」と呼ばれる巨大な電波塔がある。
 ビル群よりも高くそびえ立つこのツリーは、太い幹のような巨大な鉄塔から無数のアンテナが枝分かれしながら側面へ突き出している。巨木のようなこの塔のシルエットは、高層建造物の多いこの島でビルの隙間を縫って電波を届けるため考案された構造だった。
 実乃璃島全体の通信回線を一手に引き受けているこの人工の大樹は、同時に街のシンボルでもあった。冬の期間中はツリーを彩るイルミネーションの電球が街の中心を照らしており、人々で賑わう中央広場を華やかに輝かせている。
 クロエが追跡中の少女は、そんな人混みのど真ん中に対地ミサイルのような迷いのない軌道で突っ込んでいく。クロエも少女を追うため加速するが、少女は地面にぶつかる直前で機首を水平に持ち上げながら前方へ滑るように加速し、周囲に衝撃波じみた突風を撒き散らして地上すれすれの所を飛んでいった。
 後を追っていたクロエは地面に激突しそうになるも、地上十センチのところでなんとか停止する。すぐさま彼女は地面をブーツで蹴り、前傾姿勢で再加速した。
 二人の巻き起こした風が周囲の人々の帽子や鞄を吹き飛ばし、道の隅に溜まっていた冬枯れの落ち葉を嵐のように巻き上げた。前方にいた人々は次々に悲鳴を上げ、雑踏はふたりを避けようと左右に割れていく。
 そんな人混みの隙間を稲妻のようにすり抜けながらも、クロエはあくまで冷静だった。自身の跨るホウキの側面から伸びている小さな金属レバーを手前に引くと、機体の中央に細長い穴が顔を出した。次に腰のポーチから、片方の先が尖った小さなカプセルを取り出す。
 ちょうど指ほどの太さのあるライフルの弾のようなそれを、クロエは先ほどの細長い穴に叩き込んでレバーを元に戻す。そして手元のトリガーをいつでも引けるよう指を掛けてから、
「止まりなさい!」
 クロエは前方の少女に向かって叫んだ。思えば、声を掛けたのはこれが初めてだった。
 少女は速度を緩めこそしなかったが、少し驚いた風にこちらを振り返った。
 初めて少女と目が合う。ナオトからの情報のとおり、自分と同じ歳くらいのようだ。
 少女はきょとん、とした様子でクロエをしばらく見つめていた。それから急に何を思ったか、ぱあっと明るい表情になる。ちょうど、新しいおもちゃをもらった子供のような無邪気な笑顔だった。
 クロエはなぜかその笑顔が気に入らず、次に用意していた言葉をとっさに叫ぶ。
「止まらないと撃つわよ!」
 しかしクロエの剣幕にも少女は動じず、むしろ口の端をにっ、と吊り上げて小さく笑った。
 クロエはその挑発的な態度にぐっと奥歯を噛み締めると、ハッツェンバッハの機首を少女に定めて手元のトリガーを引いた。
 その瞬間、火薬の爆ぜる音と同時に鋭い反動がクロエの体に伝わり、同時にホウキの先端から先ほどの弾丸型のカプセルが発射された。カプセルはまっすぐ前方の少女に向かって飛んでいき、しばらくすると空中で弾けるように分解した。
 分解したカプセルから飛び出してきたのは捕縛ネットだった。覆い被さるように迫ってくる網を見て少女はようやく「げっ」という表情になり、慌てて垂直に急上昇する。
 捕縛ネットはそのまま空を切り、中央広場の端にあったハンバーガー屋の店先に立つピエロ人形の像をむなしく捕らえた。
 クロエは小さく舌打ちして、少女のあとを追う。上昇しながら次弾装填のためにレバーを再び引くと、カプセル弾の空薬莢がカシャリと排出されて夜の街明かりに吸い込まれていった。

 そんな空中戦が始まってから十分ほど遅れて、ナオトはツリーのある中央街へようやく到着した。途中で合流したスノウが、バイクの後部シートでナオトの背中にしがみついている。
「……着いたぞ、スノウ」
 停車後も抱き付かれているせいでバイクから降りられないナオトが、呆れたように言った。ヘルメットを脱いで後ろを振り返ると、スノウはいまだに目をぎゅっと瞑って小動物のように震えていた。スノウをバイクに乗せるのは通勤で毎日していることなのだが、再起動のそれと同じく、やはり慣れないらしい。
 ナオトは小さく肩をすくめると、「スノウ」と、もう一度諭すように呼びかける。
「お前の言ってた場所に着いたけど、ここでいいのか?」
 ナオトの呼びかけにようやく反応したスノウは、ぱっと目を開いた。そして自分がナオトに抱き付いていることを自覚すると、顔を赤らめながら慌てるように身を離した。
 勢い余ってバイクから転げ落ちてしまった彼女は、恥ずかしさのせいかものすごい速さで立ち上がると「そ、そうですっ! わたしが検索した『実況』によると、ここで間違いないです!」と直立不動で答える。ナオトはそんな彼女の滑稽さに吹き出しそうになったが、なんとか噛み殺していまの醜態を見なかったことにした。わざわざ着いて来てくれたスノウに意地悪をするのはさすがに気が咎めたのだ。
「そうか。じゃあ念のためにもう一度調べてみてくれ」
「はいっ! 無線ネットワークに接続して、ニュース、日記、掲示板やその他情報を検索してみますね」
 ふいに自信たっぷりの表情になったスノウを見て、ナオトは首を傾げる。
「……なんだか妙に説明口調だな」
「だって、機能をアピールしたいじゃないですか。旧式でもこれくらいはできます! って」
 そう答えたスノウは目を閉じて両手を組み、祈りでも捧げるような姿勢で「むむむ……」と唸り始めた。やがてそれらしい情報を見つけたのか、何かを閃いたかのように目を見開く。
「『拡散希望! 中央広場の上空に、すげえ速さのホウキが飛んでる!』」
「うおっ」
 いきなり口調が変わったスノウにナオトは面食らってしまう。しかしこれは単に、ネット上の書き込みをそのまま読み上げているだけだったことを思い出す。
『警察? のホウキが追跡してるみたい』
『なんかパトカーも来たっぽい』
『だれか中継動画上げてくれよ』
『うちのマンションの窓のすぐ外を飛んでったぞー』
 スノウの声ではあるものの言葉遣いはまったく他人のそれで、早口の独り言のような検索結果が次々と報告されていく。
「やっぱりまだ捕まってないみたいだな……場所はここで合ってるみたいだけど」
 ナオトは周囲を見渡す。応援に駆けつけた五、六台のパトカーの中から警察らしき男たちが飛び出し、包囲網を作ろうと街の中を走り回っているのが見える。警察が駆けていった方角の空を見上げると、ツリーのアンテナの間を縫うように飛ぶ二つの光が見えた。
「あんな危ないところ、よく飛べるな……って、あれ?」
「どうかしましたか?」と通信を解除したスノウがナオトに尋ねる。
 ナオトが「なんだ、あれは?」と指し示してみせたのは、二つの光から少し離れたところを飛んでいる新たな影だった。
 人間より少しだけ視力の高いスノウが、じっと目を凝らして呟く。
「あれは……ヘリコプター?」

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