|スペシャル|

著者 吉田玲子
インタビュー〈後編〉

※本作品のネタバレを含みます。ご注意ください。

 彼がぼくにくれた『永遠』は今、『ロイド・ナーサリーズ』に飾られていた。
 空と溶け合うような青いネモフィラの花畑。その中に立つひとりの少年。
 その絵は若いアーティストを応援する賞で二位となった。
 多くの人の目に触れてほしいと、ぼくは手元に置くのではなく、カフェの壁に掛けてもらうことにしたのだ。
 カフェの席にはザ・シックスがいた。
 ぼくたち成績トップ6は、下級生にこう呼ばれている。
 オリー、コナー、イーライ、フィン、ジュード、そしてぼくの6人だ。
「寮に帰ったら勉強だからな」
 イーライがみんなを睨みつける。彼のお陰でぼくやフィン、ジュードも4年生になった頃、やっと上位に踊り出ることができたのだ。
 1年の時に同室だったぼくらはウィンロウでの日々の多くを分かち合った。ザ・ファイブのように。今でも自分たちでは背丈ほど成長をしていないと思っているが、下級生たちからは時折、崇拝の目を向けられる。ぼくらは確実に時を重ねているのだ。
 でも――。
『永遠』がそこにあることを確かめるために、ぼくは何度もここに足を運んでしまう。この絵を観るたびに、様々な情景とともに、様々な感情がよみがえってくる。けれども、すべては混ざり合って、ただ青くなる。

『草原の輝き』第11章より

11月22日に発売した『草原の輝き』。
今回は“ネタバレあり”のインタビューをお届け

物語の具体的な内容や
執筆の裏側についてお話をうかがいます。

庭は多生が自身の心に何かを
芽生えさせた象徴

――本作には魅力的なキャラクターがたくさん登場します。執筆を進める中で、変化していったことはありますか?

実はプロットを考えた当初、ベンジャミンの妹・レイラは登場していませんでした。ただ、ベンジャミンを知る上で、ベンジャミンのことを語る人物が必要だなと感じたことと、彼もまた複雑な家庭環境があり、それゆえに多生を気遣ったというようにしたくて、レイラを登場させました。

――そのような意図があったのですね。

あとは、「WAKUWAKU GARDEN」を残すために多生はエデン・フラワーショーへ出展しますが、実はプロットでは目的を違うものにしていたんです。「WAKUWAKU GARDEN」は期間限定の庭としてスタートしましたが、仮にどこかへ移植するとしても熱心に造っていた庭が目の前から消えていくのは、なにか振り出しに戻ってしまうような気がしたことと、庭というものが多生自身の心を耕したり、心に何かを芽生えさせたりしたものの象徴なので、それが続いていくという意味でも庭を残すような流れにした方が心情とも重なるかなと思ってプロットから変更しました。

――「WAKUWAKU GARDEN」が残ることで、未来へとつながっていく印象を受けました。本作では、9月の入学からの約1年間を丁寧に描いていますが、書いていて楽しかったキャラクターやシーンはありますか?

多生のルームメイトたちは書いていて楽しかったですね。まだ幼さや可愛らしさもありつつ、13歳にしていろんな感情を持ち、それぞれ違う環境からウィンロウにやって来ていて、それぞれに悩みを抱えていて……。その個性を書き分けるのがおもしろかったです。

――例えば、コナーはお菓子が大好きだったり、オリーは特殊メイクに興味があったり、それぞれの趣味や得意なことはどのように決められたのでしょうか?

そうですね。別々の個性を持たせたかったっていうことはありますが、加えて多生にとって彼らがどういう存在になっていくのかを考えました。フィンは寄り添う感じ、ジュードはフィンとの関係もあって多少反発をする感じ、コナーは最初から飛びぬけて個性的で自分を貫いている感じ。というような、ちょっとずつ何か多生とは違う部分を持たせました。オリーは優等生の顔を見せつつも、多生にはポロっと自分の素顔を見せるとか。多生との関係によって立ち位置を変えるようにしましたね。

――イーライは分かりやすく「ミスター・シニック」という感じでしたね。

(笑)。

――先輩たち「ザ・ファイブ」も個性豊かです。寮は鳥の名前が付けられていますが、「ザ・ファイブ」もその鳥らしいキャラクター性にしたのでしょうか? 例えばイドモーンは作中でもベンジャミンが「スワン寮のスワン」と言っていたりもしますが……。

そうですね。なんとなくその鳥が表す個性とちょっとリンクする感じではあるかなと思います。イドモーンは、表面は美しいけれども、水面下でもがいているっていう象徴でもあります。

――インタビュー前編で触れたカバーイラストの構図について改めてお話を聞かせてください。小説を読む前後でベンジャミンがこのポーズを取ることについての意味合いが変わるかなと思います。

そうですね。堀口さんがあのポーズを選ばれたのは、さすがだなと。作品の意図を深くまでくみ取ってくださいました。実際に絵を描いているベンジャミンを見せるよりも、彼がどこを切り取るか、というのを指の形であらわしてくださったのがすごく素敵です。

キャラクターの顔がはっきり見えるもの、多生の父・万生の姿があるものなど、5つの案の中から、ベンジャミンが絵を描いているような構図を選択。
物語を深くまで理解しているからこそ描ける構図になっている。

――ベンジャミンが揺れ動きながらも将来を選んだように、本作では大人には近づいてきているけれど、まだ大人と子どもの狭間の期間を描いています。その中でもバクストン先生の「換羽」のお話が印象的でした。人生において変化が大きい、多感な時期の子どもたちを描くにあたって大切にしていることはありますか?

ハリー杉山さんのお話をうかがったときに、パブリックスクールでは、成績の優劣だけでなく、個性やその人ならではの部分を大事にされているんだなと感じました。たとえそれが今、表面に出ていなくても内包しているものを先生たちが細かく見ていて、生徒とのコミュニケーションをしっかり取っている印象があり、そこが、パブリックスクールの魅力だと思ったんです。なので、『草原の輝き』でも先生たちが生徒に一歩踏み込んで指導するようにしました。

――生徒と先生の信頼関係が築かれているんですね。

子ども同士の環境も大切だと思いますが、接する大人が限られている学生時代、青春期に接する大人は非常に重要な役割を担うと思います。

違う世界、違う人生に触れる

――たとえばコナーが食べているお菓子など、本作ではイギリスのカルチャーを丁寧に描かれていますね。吉田さんがイギリスを訪問されたときの体験からでしょうか。

そうですね。イギリスの方はお菓子に対して情熱がすごくあるなと思います。現地のスーパーに行っても、売られているお菓子の種類が日本と比べて多いんです。クッキーなどの焼き菓子系がものすごく好きなのだなという印象がありますね。あと今回のイギリス訪問では、とあるSF映画のミュージカルをロンドンの劇場へ観に行ったんですが、演目もあってお子さんを連れて家族で観に来ている方も多くて、いろんな方が気楽に物語を楽しまれているところがいいなと思いました。

――読者の方の中にも気になっている方がいらっしゃるかなと思う食べ物が「ハギス」です。吉田さんは召し上がられたことがあるのだろうかと気になっています。

(笑)。イギリスを訪問した際に、ちょっとだけ味見をしました。レバーペーストのような感じでしょうか。イギリス料理は、ハギスの他にも、血液をブラッドソーセージにするなど、家畜から得られるものをすごく大切にして食べていて、そういうものが伝統になっているところがさすがだなと思います。

――前編でもうかがいましたが、チェルシーフラワーショーでの様子を詳しく聞かせてください。

朝8時のオープンから入場したのですが、午後からはもう人でいっぱいでした。皆さん、庭をとても楽しそうに見ていらしたのが印象的ですね。伝統的に庭というものに対する意識が高いんだなと感じました。ショーガーデンなど大型のものもありますが、ロンドンなどの都市部では一軒家を持っている方も少ないので、鉢植えなどベランダでもガーデニングを楽しめるものも売られていました。考えてみれば植物は身近な存在で、いろんな場所にいろんなものが生えていて、植物も自分たちと一緒で生きているんだなっていうのを、今回チェルシーフラワーショーを訪問してすごく感じました。

――『草原の輝き』を読んで、こうしてお話をうかがうと、イギリスに行きたい気持ちが高まります。

読んでいてイギリスに行きたいなって思っていただけるような小説になるといいなと思っていたのでよかったです(笑)。自分とは違う世界とか、文化圏に行くことは、多生たちと同じように自分の視野を広げたりするのにすごく役立つと思っています。小説を読む楽しみも違う世界とか違う人生に触れられるという部分もあると感じているので、いろんなものを自分の目で見ていただきたいです。

――この小説を読んで、お庭を見たり、植物に注目したりすることが増えました。こうした新しい経験もこの小説を読んだからこそだと思います。
それでは最後に読者の皆さまへメッセージをお願いいたします。

芽生えた緑に目をやる。咲いた花を愛でる。そうした気持ちがあるとちょっと人生にゆとりが出たり、毎日が楽しくなったりするように思います。この本を読んだあとにそういう気持ちを抱いて暮らしていっていただけるとすごくうれしいです。

インタビュー前編はこちら