序章
白い竜が大空をまたいでいる。
日に照り映える雪には野うさぎの足跡が刻まれ、山の多くの木々が葉を落とすなか、とこしえの葉のもと
町の小さな神社だった。中学生の
同じ
「豆まきは家で毎年してるけど、こういうお祭りに来るのははじめてだ」
好奇心いっぱいの幼子のような瞳に、つられて静弥の頬もゆるむ。
「そうだね。鬼は外、福は内っていう湊の大きな声が、僕の家まで聞こえてくるよ」
「あー、やっぱり聞こえてたか。クマが反応しているのは知っていたんだけど」
クマというのは静弥の家で飼っている犬のことだ。湊の気配を察知すると、生垣の穴から顔を出して待ち構え、生垣の内側でははち切れんばかりに尻尾を振っている。一緒に遊びたくて仕方ない様子だ。どうやらクマは湊のことを、兄弟と思っているらしい。
湊を挟んで反対側にいた愁は、オニハソト、オニハソトとつぶやいた。
静弥は目をすがめた。
「愁、今、僕に向かって言ったよね?」
「失礼。俺としたことが心の声が
「僕を
「
「いえいえ、ご遠慮なさらず」
貴公子と騎士に挟まれて、庶民の湊はたじたじだ。二人のやりとりはいつもこんな感じだった。あまり他人に興味を示さない愁がこれだけ反応しているのは、仲がよい証拠かもしれない。
にぎやかな気配に誘われて、鳥までも甲高い声で鳴きはじめた。目の調子が悪いのだろうか。辺りが霞んで見える。巫女が振る鈴の音が響くと、けぶるなかから人影が現れた。冠をかぶり、瑠璃や緋色など鮮やかな装束に身を包んだ神官が本殿へと向かう。本殿へあがると
「これから『
湊は愁に尋ねた。
「めいげんって?」
「見ていればわかる」
弓を手にした者たちが舞台にのぼった。
ひやう、ひやう、ひやう。
音がこだますると、さきほどまで濁っていた視界がクリアになったような気がした。琴の音にも似た波動は、体を覆う
「
「弓は神事と関わりが深いんだね。
「弓は
「さすが愁、弓のことは詳しいな」
「俺は日本が好きなんだ」
湊は『弓と禅』のなかで、オイゲン・ヘリゲルが
この本にはドイツ人で哲学者のオイゲン・ヘリゲルと
ヘリゲルは豆まきも体験したのだろうか。不思議な風習ととらえたのだろうか。
太鼓の合図とともに、本殿には
ふと、湊は亡くなった母の面影がよぎり、手袋をした手をそっと握った。
――母さん、おれの
約束は果たせましたか。
蛇腹のごとき筒状の雲は、東から西へと、はるかかなたまで続いていた。
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