スペシャル

『典薬寮の魔女』特別講座

王都での暮らしにも慣れてきた飛廉。でも、まだ知らないこともいっぱい。
そんな飛廉に雪代たちが“先生”となって教えるのですが……。
『典薬寮の魔女』をもっと楽しめる、特別講座が開講!

1 天籟×【有職文様】

ある日、飛廉は雪代と天籟の買い物に付き添うことに。
店へ向かう道中、飛廉が気になっていることについて二人に尋ねると……。

【序:今日は三人でお出かけ】

飛廉

「雪代様が典薬寮以外の用事で王都に出張されるとは……意外ですね」

雪代

「失礼だな。わたしも年頃の女だから買い物にはよく行くよ」

飛廉

「冷やかしではなく、実際にモノを買うのですか?」

雪代

「飛廉、あとで覚えておきなさい」

飛廉

「……失礼いたしました。言葉が、過ぎましたね……」

雪代

「わ・ら・う・な」

天籟

「ちょっと、ふたりとも静かにしてよ。お店に迷惑かけたくないの」

【破:有職文様とは】

飛廉

「そもそも有職文様とはなんなのですか?」

雪代

「そうか、飛廉はあんまり知らないか……これについてはわたしより天籟のほうがうまく説明できるね。なにしろ貴人だし、装束はいっぱい持っているから」

天籟

「……まあ、そうだけど。もともと有職文様は、大陸から輸入した文化なの。絹の大路という世界をつなぐ交易路から、美しい巻物が運ばれてきて、それを真似たのがはじまり。衣に刺しゅうする技術や文様の種類を輸入して、国風に洗練していったのがいまの有職文様ね」

飛廉

「こう見ると、いろいろ種類あるんですね……なんだかその話を聞くと、いっそう特別なものに見えますね」

天籟

「有職文様はそういうものなの。市井の人たちに比べて、貴人官人は広い世界を知っている。つまり社会的地位だけではなく、教養の深さを証明しているの。文様の意味を知っているからこそ、彼らは自分たちが知る世界をまとい、矜持を静かに示すことができる。朝廷の世界でしかできないことよ」

飛廉

「成程……ただの飾りではなく、多くの意味を帯びているのですね」

【急:買い物を終えて】

飛廉

「いや、荷物……量多くないですか?」

雪代

「言ったでしょう、飛廉。おまえは荷物持ちだって」

天籟

「落とさないでよ。新品なんだから。いくつかはあなたの給金で買えない値段がついているから」

飛廉

「だったら自分で持って下さいよ、天籟さん!」

天籟

「嫌なの、重いから。今日は雪代がいるから身軽にいきたかったの」

飛廉

「なんでこんなにたくさん買うんですか……もうちょっと考えて下さいよ」

天籟

「……飛廉、なんにも分かっていないのね。買い物はきちんと物を買うことなの。量をいかに少なくすることじゃないのよ」

飛廉

「ものには限度があるんじゃないんですか……?」

雪代・天籟

「飛廉、お黙り」

【飛廉メモ】

年頃の女性は買い物をしすぎる。

2 キリン×【主馬寮】

キリンに呼び出されて主馬寮へやって来た雪代&飛廉。
どうやら、キリンは仕事を頼みたいようですが……?

【序:キリンからの呼び出し】

雪代

「キリンと飛廉の卑怯者と大馬鹿野郎! 仕事という名目でまたわたしをいじめる気でしょう! 飛廉の大馬鹿野郎は直丁なんだから余所の官人の言いなりになるんじゃない!」

キリン

「雪代、いらっしゃい~」

飛廉

「雪代様、わたしとキリン殿に同時に説教しないでください」

キリン

「いやだな、雪代。わたしは真面目に仕事をしているよ。ただ、休憩時間にあなたと遊びたいから呼んだだけ。つまり仕事をするのは飛廉、おまえだけ」

雪代

「飛廉、おまえだけ来ればよかったじゃないか!」

飛廉

「あのキリン殿……ここはそんなに仕事をさばき切れていないんですか?」

キリン

「当たり前じゃないか、飛廉。さてはわたしが仕事をしていないと思っているな?」

【破:主馬寮とは】

キリン

「簡単にまとめれば、こうなるな。これが主馬寮におけるわたしの仕事だ」

  • ・全国における馬の管理
  • ・地方の軍団がどれだけの騎馬を有しているか定期的に確認する
  • ・地方との連絡網を監査する

キリン

「とくに重要なのが馬の管理。世話をするのも苦労するし、健康状態や繁殖を把握するのも大変。だから、典薬寮に手伝ってもらってる。ほんとうは馬飼の指導も頼みたいんだが」

雪代

「それなら和気様に言ってよ!」

キリン

「いやいや、和気様には大変感謝しているんだよ。おかげで雪代を毎日のように可愛がることができるんだからね!」

雪代

「わたしにも仕事があるの!」

【急:本当の依頼】

飛廉

「……ところでわたしの仕事は? ないなら帰りますよ」

雪代

「なんでひとりで帰ろうとするんだよ。助けろよ、わたしのことを!」

キリン

「ああ、実は困ったことがあってな。真剣におまえにお願いしたいことがある」

飛廉

「……なにやら厄介なことが起きたみたいですね」

キリン

「うむ。実は山荒という狼藉者を何とかしてもらいたい」

雪代

「……よし、頑張ってこい、我が随身よ」

飛廉

「嫌ですよ、朝廷の武官をある程度ボコボコにした元山賊ですよね! 絶対に相手にしたくありません!」

キリン

「じゃあ頼むね、飛廉。わたしは雪代を可愛がるから」

飛廉・雪代

「断る!」

【飛廉メモ】

主馬寮は典薬寮のように賑やかです。面子が同じだから。

3 【律令制】について

以前から抱いている疑問を飛廉が和気に尋ねたところ、雪代からある恐ろしい噂を聞いてしまい……。

【序:朝廷は不義不正ばかり】

飛廉

「ずっと気になっていたのですが、どうして政に不義不正はつきものなんですか?」

和気

「ほお、飛廉も正義感に燃える男になったか。雪代の許で働けばさすがにそうなるかな」

雪代

「いえ、単純に飛廉は厄介事が増えて苛立っているだけです」

和気

「成程な。我が国の律令制は正しい政を行うために制定された。しかし、所詮人がつくったもの。難攻不落の城が攻め落とされるように、きちんと作り上げた政治体系も時経てばもろくなる。それについて……休憩がてら話すとしよう」

【破:律令制とは】

和気

「我が国は政治や文化について大陸の王朝を倣い、それを独自のものに洗練してきた。基本は同じだが、狙いは大きく異なっていた。臣民と土地を正しく管理し、豪族の内乱を防ぎ、国を豊かにするために戸籍や租税制度が用意された」

飛廉

「しかし、それがいまや悪用されているのでは?」

和気

「残念ながらそのとおりだ。歴史書や風土記の編纂、度量衡の制定、銭貨鋳造。国を豊にするために用意されたものは、貴人官人が権力や富を追い求めるために貪る獲物になりさがった。しかし、すべての者が貪る側の存在ではない。正しい行いを心掛けるものもいるのだ」

雪代

「政敵排除のために用いられた薬殺は、悪党に用意された最後の手段だ。――和気様はいつもそう仰っていますね」

和気

「然り。勅で呪殺が禁じられたように、やがては薬殺も禁じられる。不義が蔓延ったとしても、やがては糺されるのだ。辛抱強く待たなければ」

【急:まさかの黒幕?】

雪代

「実は面白い噂話があってね、飛廉」

飛廉

「なんですか?」

雪代

「薬殺を封じようとする和気様が最後の黒幕だっていう説」

飛廉

「はあ? なんですか、それ」

雪代

「不義不正を楽しむ輩を一掃して、自分の野望を叶えるっていう噂話があるの。現実味が結構あるでしょう? なにしろ和気様はかなりの貴人官人を囚獄に送り込んでいるからね」

和気

「軽口が叩けるということは仕事をさばいて余裕ということだな。実によろしい。では雪代。いつもの仕事を三割ほど増やすぞ」

雪代

「おやめください、和気様! なんというおそろしいことを!」

和気

「わたしに勝てると思うな。のうのうと年を重ねているわけではないぞ」

【飛廉メモ】

雪代様は和気様に勝てない。師弟関係はしっかりつくられているようです。

4 【流し雛】について

弥生の月(三月)に催される“流し雛”。しかし、雪代の考えは少し違うようで……。
凸凹主従コンビ、今日も王都を駆ける――!

【序:遅刻、遅刻ー!】

雪代

「飛廉、遅いよ。もうみんな来ているから急いで」

飛廉

「すみません、雪代様。あの、ですが……なんでこの時期に流し雛をやろうとするんですか。それも天籟さんやキリン殿たちを集めてまで……」

雪代

「分かった、分かった。走りながら説明するよ」

【破:流し雛とは】

雪代

「おまえの言う通り、流し雛は弥生の月(三月)にやることだよ。でも、わたしたちは仕事で忙しいから、弥生の月に集まることはできないんだよ。それに、当月は川辺に人が多く集まるからね」

飛廉

「しかし、弥生の月にやるからこそ意味があることではないのですか?」

雪代

「確かに。もともと上巳の節句に行われた祓いの儀式だからね。でも、我が国では人形を身代わりにする風習があったから。それは季節に関係ないものだと聞いているよ。いまの形になったのは貴人の慣わしが混合したからだね」

飛廉

「最近できあがったものだから、意味も大きく変わりますよね」

雪代

「人形流しと流し雛は意味が異なる祓いの儀式なんだけど、もう一緒くたにされているからね。だから、わたしたちが弥生以外の月に流し雛をやったっていいんだよ」

飛廉

「屁理屈にしか聞こえませんよ、雪代様……」

雪代

「屁理屈でも構わないよ。わたしたちが誰かの平安を祈るのに、時節に縛られてたまるかっていう話だよ。薬師は決められた月にしか務めを果たせないものか? 違うだろう。それと同じだ。誰かのことを想うのは、いつやったっていいんだよ」

飛廉

「……よいことをおっしゃいますね」

雪代

「まるでわたしがいつもよくないことを言っているみたいだね、それじゃあ」

飛廉

「ああ、すみません。そういうつもりではなかったのでご安心ください」

雪代

「まあいい。急ごう……もうみんな着いているんだから」

【急:みんな、集まれば】

天籟

「ふたりとも、遅いよ」

キリン

「どっちが遅刻したんだ。飛廉だったら承知しないぞ。せっかくの休みを無駄に過ごすことになるんだからな」

雪代

「ふたりともごめんね。飛廉のせいで遅くなっちゃって……」

キリン

「飛廉、買い出し頼むな。お代はおまえ持ちで」

飛廉

「……分かりましたよ。今回はわたしの手落ちで遅れましたから……」

【飛廉メモ】

幸多くあれ、健やかであれ、平安あれ。――誰かのために祈ること、願うことはいいことだ。薬師はその思いを胸に人を救おうとしている。雪代様もまた然り。ならばわたしのやるべきことも明白だ。その祈りに、願いに、尽力するのみ。

著者:橘 悠馬 書き下ろしキャラクタートーク

一、毒見のすすめ

それは、典薬寮に新しく届いた薬種を整理していたある日のこと。

雪代

「飛廉、毒見の訓練に付き合ってもらえる?」

飛廉

「雪代様……いくらなんでも、それは危ないことですよ。主が毒見するなんて……わたしはさせませんよ。絶対に止めてみせます」

雪代

「あ、わたしが毒見するんじゃないよ? 飛廉が毒見するんだよ?」

飛廉

「わたしを毒殺するおつもりですか! 笑顔で物騒なことをおっしゃらないでください!」

雪代

「いや、これは薬師や医生の職掌上、必要なことなんだよ。毒物の研究は薬種の研究につながる。いつか言ったでしょう、薬と毒は表裏一体だって。だからこれは薬の研究なんだよ」

飛廉

「おそろしいことを仰らないでください。絶対嫌です。毒見なんて付き合いませんからね」

雪代

「なんでわたしの頼みは聞いてくれないんだよ……天籟じゃないと駄目なの?

飛廉

「……なんで天籟殿の名前がでるんですか」

雪代

「以前、天籟の水干は喜んで着ていたじゃないか」

飛廉

「喜んで着ていません!」

雪代

「でも着ていたじゃないか。それは事実だろう」

飛廉

「わたしは女装趣味なんて持っていませんから。無理やり着せたのは雪代様じゃないですか!

雪代

「女装趣味は吹聴しないであげるから、毒見の訓練、付き合ってもらうよ。じゃあ棚からこの覚書に書いた薬種を取ってきて」

飛廉

「もうやだ……こんな職場」

二、乗馬のすすめ

それは、典薬寮の医生が勉学のため主馬寮に駆り出されたある日のこと。

キリン

「なあ、飛廉、ちょっといいか」

飛廉

「キリン殿、御無沙汰しております。雪代様ですか?」

キリン

「いや。今日は飛廉に用があって来たんだ。実は雪代の件でね……」

飛廉

「何かありましたか?」

キリン

「典薬寮はときに主馬寮の業務を手伝ってくれるんだ。馬の出産とかな。ただ、雪代はそういう時にしか主馬寮に来てくれなくなってな……ちょっと寂しいんだ」

飛廉

「仲いいですからね、おふたりは」

キリン

「まあ、以前は乗馬の手解きをしていたんだ。遠出するときに馬に乗れると、すごく便利だからな」

飛廉

「成程。確かにそうですね」

キリン

「ただ、雪代は馬が苦手みたいなんだよ。なんとか克服してもらいたいな、とは思っている。飛廉のほうからそれとなく言ってくれないか。馬に乗れたら、なにかと便利だとか、まあ、さりげなく」

飛廉

「はあ……分かりました。その話は雪代様に伝えておきます」

キリン

「頼むぞ、飛廉。雪代はかわいいからなぁ……乗馬に失敗して水浸しになったとき、泥だらけになったとき、やけくそに悪態をつくのが、もう可愛くて堪らないんだよ」

飛廉

「……主馬寮に来なくなったの、それが原因では?」

三、琴のすすめ

それは、主が慌ただしく飛び出した典薬寮の薬殿でのこと。

天籟

「飛廉、雪代がどこにいるのか正直に教えなさい

飛廉

「……ご無沙汰しております、天籟殿。あの、突然どうされました?」

天籟

「雪代にを教えているんだけど、最近、仕事が忙しいからってわたしを避けているの。もう長い時間が空いたから探しに来た」

飛廉

「……雪代様は薬師を志しているので、琴を弾けなくても、困らないのでは?」

天籟

ダメ。飛廉は何も分かってない。貴人を相手にして薬師を務めるなら、琴や笛をたしなめたほうが、朝廷ではうまくやっていける。わたしは雪代のためを思ってやっているの」

飛廉

「まあ、天籟殿は琴や笛がうますぎて、教えが厳しいのかもしれませんね。あなたほどの有名人なら、誰だって逃げ出すかもしれません」

天籟

「……雪代が琴や笛をやってくれたら、楽しくていいと思ったのに……

飛廉

「すみません……そんなに悲しそうな顔をしないでください。あ、雪代様でしたら奥の納殿に隠れていますので」

天籟

「ありがとう、飛廉」

飛廉

「……うわぁ、演技だったのか。騙された……」

雪代

「また馬鹿正直に話したな、飛廉の馬鹿ぁ!」

四、酒のすすめ

それは、仕事帰りに立ち寄った酒場でのこと。

飛廉

「酒は飲んでも飲まれるなと言いますが……雲居殿、飲み過ぎでは?」

雲居

「いいじゃないかよ、こんな時くらい、不真面目なことをしたって。仕事で忙しくて、唯一慰めてくれるのは酒だけだ。男の世界はそういう風に相場が決まっているんだよ」

飛廉

「……なんの話ですか」

雲居

「おまえは体力があるんだよな……あんなに激務をこなしても、顔色ひとつも変えやしない」

飛廉

「まあ、狩人をやっていましたので、体力には自信がありますね。忍耐力にも」

雲居

「そういえば飛廉って……雪代様と付き合っているのか?」

飛廉

「…………なんですか、藪から棒に」

雲居

「いや、不思議に思うだろう……あんな美女と一緒に行動を共にして、しかも夜は一緒の建屋で寝ているんだろう。なにもない、っていうのがあり得ないだろう」

飛廉

「雲居殿は下衆の勘繰りがお好きなんですね」

雲居

「おい、そんな冷たく言うことないだろう……なあ、誰が好きなんだよ。やっぱり雪代様?」

飛廉

「いや……」

雲居

「なんだ、キリン殿か?」

飛廉

「キリン殿は山荒殿が狙っているじゃないですか」

雲居

「じゃあ天籟殿か?」

飛廉

「いや、天籟殿の名前をなんで出すんですか」

雲居

「お、顔色が変わったな。やっぱり天籟殿に懸想しているのか? まあ、雪代様やキリン殿は難しいよなぁ。天籟殿って高嶺の花だけど、やっぱり男ならお近づきになりたいよな、よ、むっつり助平!」

飛廉

「……すみません、お勘定、お願いします」

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発売記念コメント

著者:橘 悠馬

皆さん初めまして。橘悠馬です。

小説が完成した時、スティーブン・キングの言葉を思い出しました。
『作家になりたいのなら、絶対にしなければならないことがふたつある。たくさん読み、たくさん書くことだ』
これまでたくさんの素敵な本に出会いました。何度も何度も読み返して、『いつか自分もすごい作家になってやる!』と意気込んで、なんとかここまでやってきました。
自分の本棚にあるのは巧妙な話術やトリック、絶妙な構成に衝撃を受けた本ばかりです。
それらの本に比べれば、『典薬寮の魔女』は拙い処女作。
でも、読んでくださる人たちに伝えたい物語はしっかり詰め込みました。

この一冊が皆さまにとって素敵な本になりますように。
そして、皆さまがこれからも素敵な本と出会えますように。

イラスト:遠田志帆

発売記念 応援イラストコメント