|スペシャル|

著者 吉田玲子
インタビュー〈前編〉

 彼はぼくに『永遠』を教えてくれた人だ。
 あの頃、ぼくはこう思っていた。すべては移ろい、変化し、やがては消えてしまう。
 確かに手にしていたものさえ、こぼれ落ち、消え去ってしまう。年をとるたびに失うものばかりが多くなるのだ、と。
 まだ、たった十三年しか生きていないのに。
「きみは……ワーズワスの詩を読んだことがあるかい?」
 やわらかく、でもどこか凛とした声音で彼はぼくに尋ねた。
 ぼくは知らないとも知っているとも答えず、唇をきゅっと結んだ。
 彼は、麦の穂のような髪を風に揺らし、歌うように言った。
「草原が輝いていたあの頃を、花が咲き誇っていたあの頃を、取り戻せはしない。だとしても、嘆くことはない。その奥に秘められた強さを見出そう」
 その詩が表すことよりも、その詩を口にした彼のネモフィラのような青い瞳が、ぼくの心に深く沈んで広がっていった。
 後に、それが、日本では『草原の輝き』と題された詩だと知った。
 一枚の絵を前に、ぼくは彼と同じような口調でその詩を口にする。
 すると、よみがえる、鮮やかに。
 彼と過ごした二度と還らぬ青々しい一年が。

『草原の輝き』序章より

数々のアニメーション作品のシナリオを
手掛けてきた吉田玲子さん。
その初のオリジナル小説刊行にあたって
インタビューを実施

『草原の輝き』の発売が楽しみになる
お話をお届けします

望みさえすれば自分で世界を広げられる

――吉田玲子さんがオリジナル小説を、と驚かれた方もいらっしゃるかと思います。『草原の輝き』を執筆するにいたった経緯を教えてください。

京都アニメーションのスタッフさんと雑談する中で好きな漫画の話になったときに、寄宿学校が舞台の漫画が好きだと話したら、その方もそういった作品がお好きで「寄宿学校ものとかどうですか?」と提案されたんです。いいな、そういうのをやってみたいなと思って「じゃあプロット書くよ」と。結構ラフな会話からスタートしましたね。

――そのような企画の立ち上げだったのですね。小説を執筆していて、シナリオとの違いはあったのでしょうか。

以前にノベライズを執筆させていただいたことがあったのですが、その時にシナリオと小説はアプローチが全然違うなというのを感じました。作品にもよりますが、やはりアニメーションのシナリオは絵があることを前提に、内面描写のような細かいニュアンスは文章では説明せずに絵や動きで心情を表すようにしています。小説は映像がなく、描写が中心になってくるので、そこが全然違いましたね。同じ「ストーリーを紡ぐ」ことでも別物だなと思います。

――書いていて戸惑いなどはありましたか?

最初はペースがつかめないというか……。脚本は、ここまでで10分とか、ここで30分くらいとか、いつも時間を軸に考えて執筆しています。でも、小説はそういうものも一切ないので、ある種の自由さの海の中で泳ぎまわらなければなりません。最初はそこが慣れなかったですね。脚本だとゴールを決めて逆算して書く、みたいなところもあるのですが、小説は全て作り手に委ねられていて、しかも別にゴールにさえ辿り着かなくていいみたいなところもありますから、そういうところに違いを感じました。

――本作を拝読していて、1章ごとがTVアニメ1話分の展開のようだなと感じました。これは意識されてのことなのでしょうか?

そこはあまり意識していないんです。だた、章を分けて区切っていく方が自分には書きやすいなっていうのは思いました。一気に書くのではなくて、少しずつお話を紡いでいく、ある種の連作短編みたいな形が自分にとっては書きやすいんじゃないかなと思ってそのようにしました。

――章ごとに帰結があるので、すごく読みやすかったです。先ほど、雑談の中で好きなものが合致して企画がスタートしたということでしたが、テーマはどのように考えられたのでしょうか?

寄宿学校でパブリックスクール、となると舞台はイギリスというように自ずと決まっていきました。その中でどういう主人公にしようかな、イギリスといえばなんだろうっていろいろ考えていたとき、以前にコッツウォルズを訪問したときのことを思い出したんです。家に住む自分たちだけでなく、道を通る人にも楽しみを分け与えるようなお庭を造られているように感じて、それが素敵だなと思ったので主人公は花を育てる少年にしようと思いました。主人公から決めていった感じですね。

――そうして多生が生まれたのですね。

あとは、青春物語でもあるので、草花が育っていくのと人間が成長していくのもリンクするなと。イギリスを舞台にした意味があるし、青春物語らしくもある。ただ、「成長」といっても周りに育ててもらうというよりも、自分で自分を育てられるんじゃないかなと思っていて。望みさえすれば、自分で世界を広げられるし、自分で何か目標を見つけて成長していける。育てるのは自分自身でもある、というのが伝えたかったことかなと思っています。

――あらすじなどで使用されている「花を育てるように、自分自身を育てていく」というフレーズですね。さて今回、舞台となる〈ウィンロウスクール〉は作品オリジナルの学校です。執筆にあたりパブリックスクールについて取材を行ったとのことですが、その中で印象的なお話はありましたか?

パブリックスクールについては、ハリー杉山さんにお話をうかがいました。その時にご自身の青春時代、パブリックスクールで過ごされた日々を宝物のように話されていたのが印象的でした。10代という多感な時期をパブリックスクールで過ごされたことが、とても重要なことだったんだなと感じました。その中でも、自分の意見を述べねばならない場面が多く、与えられたものを咀嚼して、解釈して、自分の考えとしてアウトプットするところまでが求められるっていうお話がすごく印象的でした。

――作中でも多生がそのようなことを問われるシーンがありましたね。また今回は、植物やイングリッシュガーデンもキーになっています。執筆にあたってはガーデンデザイナーの佐藤麻貴子さんにも取材されたとのことですが、吉田さんご自身は、もともと植物を育てるのがお好きだったのでしょうか?

子どものころに住んでいたアパートに1軒ずつ庭があったのでそこで植物を育てていただけで、その後はそれほど植物を育てるということはしていませんでした。はじめて園芸に接した子どものころに抱いた気持ちを基にしています。執筆にあたって、イギリスのチェルシーフラワーショーも訪問しましたが、庭のテーマに時代が反映されているのが見ていて面白かったです。「美しい」とか「きれいに花を咲かせる」というよりも、この庭はこの時代に何を訴えるのかとか、何を見せたいのかというテーマ性をコンテストでは問われるのが興味深かったです。

――先ほどおうかがいした学校の教育方針とすごくリンクしているなと思いました。

そうですね。例えばファッションでも、周りに合わせて自分の服装を決めるのではなく、“自分が”こうだからこの服を着るというように、本人の内面から出てくるものの表現として捉えているように見えて、そういった「自分主体」というのが庭にも表れていて面白かったです。

――今回、イラストを堀口悠紀子さんが担当されています。キャラクターデザインをご覧になっていかがでしたか?

多生は小説の描写を参考にして堀口さんのテイストで仕上げていただいたなと思います。ベンジャミンは想像していたより少し幼く、繊細な感じになりました。もう少し大人のつもりだったんですが、でも高校生ということを考えると、ソリッド(硬い)になるというよりも、すこしふっくらとした面差しがあるように堀口さんが描いてくださったのかなと思います。大人になる前の少年期が残ったような感じがとても新鮮でした。

――カバーイラストはいかがですか?

いろいろなラフの中から選ばせていただいたのですが、この構図はさすがだなと思いました。小説の意図をとてもくみ取ってくださっていて、一枚の絵としてもばっちり決まっていました。

――物語を最後まで読んだ後にカバーイラストをもう一度見ると、受け取り方が変わるようにも思いました。ぜひお手に取っていただきたいですね。発売が楽しみです。
それでは≪前編≫最後の質問です。ずばり、『草原の輝き』の見どころは何でしょう?

カバーイラストは多生とベンジャミンの二人なのですが、本編ではもっとたくさんのキャラクターたちが登場します。多生が彼らの心の扉を一つずつ開いていくたびにその人の違う一面が見えたり、扉を隔てていると見えなかったその人の素顔が見えてきたり、というのが人付き合いの面白みでもあると思っています。そういうのを多生が章を進むごとに経験していくところが一つの読みどころかな、と。

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