ヴァイオレット・エヴァーガーデン 下巻

『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』
シリーズ刊行10周年記念企画

エピソード無料公開 第6弾

公開期間:627日~725

  • 著者:暁 佳奈
  • イラスト:高瀬亜貴子

 

 その芽生えが何時いつからなのか。

 

 何がきっかけなのかはわからない。

 何処どこを好きかと問われると、言葉ではうまく言い表せない。

『しょうさ』と呼んでくれたことがいつまでも嬉しくて。

 後ろをついてくる彼女を守らなくてはと思い。

 何処までも変わらぬ献身に胸を打たれた。

 その献身はが為に、何の為に。

 問えば、彼女は私の為にと言うだろう。

 自動的にその唇は私にとって響きの良い言葉を紡ぐ。

 主人の存在の肯定は、隷属れいぞくと命令を望む彼女の自己肯定なのだ。

 

 では私の人生とは、愛は。

 

 誰が為に。

 

 

 

 

「少佐と彼のすべて」

 

 

 

 

 エメラルドの瞳が、開いた。

 

 幼い子どもの瞳だ。眠りから覚めた彼、まだ六歳の誕生日も迎えてはいないその幼子の瞳は、見開かれた世界を映し出した。

 道中眠りこけていた馬車から降りると外は夏らしい風景が広がっていた。まず眼に入ったのは緑の盛りを迎えた木々の美しさだ。老木から若木まで寄り添いながらもりんとして立っている。やわらかな清光が木々の葉の隙間から地面に降りて出来た影の姿はまるで踊り子だ。葉が風に吹かれる度に揺れて、くすくすと笑う少女のよう。

 白い花弁を抱きながら吹き荒れる花風はこの時期のライデンシャフトリヒの風物詩だった。まるで北国の吹雪ふぶきの如く、花が空中を飛んでゆく。その花樹は国の侵略をいくと無く防いだ英雄にちなんで国中に植えられたとされている。春から夏にかけて綺麗な花を咲かせるのだ。

「うちの花だ」

 前を歩く父が、ただ一言だけそうつぶやいた。兄に手を引かれていた彼は右往左往していた視線を父の背中にそそぐ。子どもの熱視線に気付いたのか、ちゃんと付いてきているのか確認したかったのかはわからないが、一度だけ父が振り返った。幼子である彼と同じだが少し色の違う翠の瞳は厳しい目つきだ。彼は父が振り向いてくれただけで舞い上がるほど嬉しくなってしまった。傾倒けいとう、しているのだろう。だが心は喜んでいたが顔はこわった。何かいまの一瞬の間に叱られるようなことをしでかさなかったか、それだけが気になっていた。

「何が、うちの花だよ」

 兄は本当に小さな声で父の言葉を罵った。 

 父と子らは緑の道を進む。自然の美しさが作り上げた景色の奥には軍事施設の演習場と思われる場所があった。父と同じこくの陸軍制服を着た人達が大勢居た。幼き者特有の何かを探るような、それでいて好奇心というきらめく星を散りばめたその瞳の先には一糸乱れぬ行進をする軍人の姿がある。息子達はこれから始まる何かを見る為に関係者席と思われる場所に通された。 屋外に並べられた椅子に息子らを残し、父親は傍を離れた。陸軍の制服の他に海軍の白の詰えり制服を着た軍人も居る。戦闘機、偵察機を囲んで何やら話している。両者は綺麗に二陣に分かれていた。同じ国防の存在ではあるが、意識し合い対立しているようだ。それは子どもの目からしても、奇妙なものとして目に映った。父が見えなくなり緊張が途切れたのか、彼は手足をばたつかせ所在なく視線を足元に落とした。うちの花だ、と父が言ったブーゲンビリアの花弁が一枚落ちている。手の平に掴もうと座った状態で無理やり手を伸ばすと、隣に座っていた兄に体を押さえつけられた。

「ギルベルト、大人しくしろ」

 不機嫌そうな声で兄に言われ、ギルベルトは素直に従った。聞き分けのよい子どもだった。彼の家はライデンシャフトリヒ、言わずと知れた南の軍事国家の英雄の子孫だった。

 ブーゲンビリアの男は陸軍に仕官することが習わしとなっている。

 軍上層部に地位を持つ父が兄と彼をこうした行事に連れてくるのは初めてではなかった。

 兄はギルベルトの手を握り、しっかりと押さえつける。そんなことをせずとも一度叱られれば同じことをしでかすような彼ではなかったのだが。

「ブーゲンビリアの名折れだと、お前の監督不行き届きで俺が仕置きされる」

 兄が父に叱責と共に鉄拳を喰らう姿はよくよく日常で目にしていたので、父の機嫌を損ねぬよう、敏感な反応を見せるのは仕方ないことだった。ギルベルトもそれは理解していた。

 ギルベルトと兄が住まうブーゲンビリアという家は、一つ一つの行動を細心の注意を払ってせねば家中の壁という壁にめぐらされた針が、釘が、剣が、薔薇ばらの棘が体に刺さり血を流すような。安らぐ場所というよりは、常に審査をされているような。そんな家だった。

「つまらないな」

 兄は口をとがらせそう言った。彼の目は陸軍の軍人ではなく、海軍の軍人に向けられている。

「こんなことは、つまらない。そうだろギル」

 ギルベルトは同意を求められたが答えにきゅうした。ギルベルトは同意することが出来なかった。

――どうしてそんなことを言う。

 つまらないという感情は此処ここでは捨てなくてはいけない、と彼は考えていた。

 退屈でも我慢しなくてはいけないのだ。だから落ち着きない子どもとして他者に受け取られてしまう行動をやめた。兄も理解しているはずなのに何故わざわざ口頭で同意を求めるのか。

 しかし彼はまだ幼子だったので、そういうことはいっちゃいけないんだよと子どもらしく返事をした。

「いいんだよ。小さな声で、俺とお前で言う分にはいいんだ。考えていることまで支配されてたまるか。なあギル。きっとさ、これは父さんも父さんの父さんもそのまた上の父さんもやってきたことなんだぜ。最悪だろ」

 それがどうしてだめなの、とギルベルトが問う。

「自分が無いじゃないか。いいか、父さんが今日俺達を此処に連れてきたのはお前達も俺のようになるんだぞと見せつける為なんだよ」

 それがどうしてだめなの、とギルベルトが問う。

「俺達はあそこしか選べないって、わからせる為なんだって」

 それがどうしてだめなの、とギルベルトが問う。

 兄はいつまで経っても自分の気持ちを汲んでくれないギルベルトに苛立ちと呆れを見せた。繋いでいた手を放し、拳を軽く握ってギルベルトの肩を強めに殴った。

「俺は船乗りになりたい。ただの船乗りじゃない。船長だ。俺の仲間を引き連れて世界中を旅するんだ。それには自分の船が欲しい。ギル、お前は物覚えが良いから航海士にしてやってもいい……でも>……でも俺は、俺達はぜったいになりたいものになれやしないんだ」

 そんなの当たり前じゃないか、とギルベルトが言う。

 自分達はブーゲンビリアの一族なのだからと。家は綺麗に三角形の階層で出来ていて父が頂点に立ち、その下に母や叔父や叔母、その更に下に兄、そしてギルベルトと妹達が居る。

 ギルベルトの生まれた家は下の者が上にこうべを垂れるのが当たり前であり、歯向かうことは許されなかった。ギルベルトと兄はブーゲンビリアの家を存続させる為の、英雄のほまれを守る為の小さな歯車。歯車が自分のしたいことを言うだろうか?

 否、言うわけがない。

「お前は、すっかり洗脳されちゃってるんだな……」

 憐憫れんびんを含んだ声音で、さげすみも込めて兄はささやいた。

 洗脳、とは何だろう。考えているうちに空に戦闘機が飛んだ。弧を描き飛空する鉄の鳥を眺める為にギルベルトは天を仰ぐ。太陽と戦闘機が交わって一瞬消えた。

 とても、眩しかった。眼球が燃えてしまいそうなほど痛かったので、彼はゆっくりと目を閉じた。太陽光の刺激のせいか、涙がにじんだ。

 

 エメラルドの瞳が開いた。

 

 聡明な青年の瞳だ。厳しさは父に、だが恐らくは彼自身の性質である優しさと寂しさをたずさえたような瞳は人形を見ていた。いや、人形のような少女だ。視界の端にはギルベルトと同じく成長した兄の姿がある。部屋は品の良い内装をしていた。金のかかった作りだ。だがその品の良さが、滞在する者を選ぶであろう場所だという事実が、何とも滑稽こっけいな様子を作り上げていた。

 すべてがちぐはぐなのだ。部屋はその時五人の男の殺害現場となっていた。

 少女は血まみれで、彼女が犯人だった。し物も体の匂いも血で汚れていたが、素の美しさはそれらをまとっても損なわれてはいない、世にも美しい殺戮さつりく者だった。

「なあ、もらってくれるだろ。ギルベルト」

 兄は引きつった笑みを浮かべて彼女の背を押した。ギルベルトの方に一歩前に出た少女。

 自然と、ギルベルトは片足を後ろに下げた。

――見るな。

 反射的に拒絶と恐怖が体を動かした。彼女が恐ろしかった。兄は執拗しつように目の前の少女を『道具』だと言い張り、ギルベルトへの受け渡しを強要していた。確かに彼女は道具のように扱われ、道具のように行動していた。だが、ぜえはあと荒く息をしている。血とあぶらでべとついた手を、服の裾で拭い、次の命令は何かとこちらを見つめている。

――どうして私を見る。

 兄の非人道的な発言にも一理あると共感してもいた。三角形の階層は家だけでなく社会にもある。下の子どもが上にあがるには努力が必要だ。自分の力だけではない。

 生きていく為に、立身出世の為にあらゆるものを利用していくこと。それはめられたことではないが、ギルベルトの場合は望まれていた。確かにこれはうまく使えば最強の盾にも剣にもなり得る。

――どうして私を、見るんだ。

 自動殺戮さつりく人形からも、ギルベルトは望まれていた。結局のところ、すべてが兄の思惑のまま進み、まだ青年と言える顔立ちをしていた若きギルベルトは街の中で立ち尽くした。不思議な色合いの二つの眼が見る先は腕の中。上着に包まれた人形は甘い香りなどはさせておらず、いまさっき浴びてきたばかりの血臭をまとっている。化け物の面をしているのならそれも頷けただろうが、抱かれた少女の相貌そうぼうはおとぎ話の世界から出てきた妖精そのものだ。

「……私は、君が怖い」

 唇から漏れた本音に彼女は言葉で何一つ反応しない。碧い瞳でただ男を見上げる。

「…………私は、私が君を利用するのが、怖い」

 ぎゅっと抱きしめながらギルベルトは尚も言う。

「君が怖い。いま、本当なら……私は君を殺してしまうべきなのかもしれない」

 苦しげにつぶやきながらも、彼はけしてその少女を離しはしなかった。

 道に叩きつけて置き去りにすることも。懐の銃で頭を撃ち抜くことも。両の手で細い首を絞めることも。どれもしなかった。

「……でも、生きて欲しいんだ」

 怖がりながらも抱きしめた。言っていることは、真実だった。

「生きて欲しい」

 残酷な世界の中で、少しだけ輝く真実だった。問題は厳しいままの現実を、乗り越えられるかどうかだ。自分に出来るだろうか?

 わからなくなって、ギルベルトは目を閉じた。

 開いた時にすべてが解決していればいいのにと、非現実的な考えを祈った。

 

 エメラルドの瞳が開いた。

 

 祈った時より更に最悪な状況がギルベルトの眼下に展開されていた。

 少女が動けなくなった男達の頭を警棒で殴り殺していた。少女が殴る。血が飛ぶ。悲鳴が上がる。少女が殴る。それを命じたのは彼だった。

 何かが、命以外の何かが、その空間からどんどんと失われていた。理性、良心、そういう、誰かが名付けた尊い何かが失われていく代わりに暴力は別の物を産んだ。それは。

 

――おかしい。正義ではない。彼女と自分、国の為。そのはず。

 吐き出したくなるような罪悪感の中の少しばかりの快感だった。

 それがギルベルトには生まれていた。圧倒的な力を手に入れたという征服感。自分の命令しか聞かない彼女。まるで世界を掌握したかのような優越感。

 彼は与えられた控えの部屋に彼女を置いてくるという名目で彼女について質問してくるお偉方の輪を抜けて席を外した。殺させた者達の血だまりを踏んで、迎えに行く。彼女は何処どこに触れても血がつくような有様だった。返り血だ。彼女の血ではない。

 だがそれは、いつかギルベルトが見るであろう彼女自身の血まみれの姿の写しのようだった。

 

 ギルベルトがしようとしていることは、そういうことなのだ。

 

 急激に高まっていたのぼせた気持ちは蝋燭ろうそくの火を消すように無くなった。

 彼女はまた、ぜえはあと息をしている。

――仕方ない、仕方ないんだ。

 ギルベルトは自分に言い聞かせた。

 確かにそれは仕方のない決断だった。手の施しようがない、意志のある恐ろしい兵器を手に入れたとして自分の目の届く場所に置いておきたいのは当然のことだ。他に害が及ぶ恐れがある。何より彼の立場上、それを手元に置きつつ使うのが最良で道具もまたそれを望んでいる。

――仕方ない。一緒に、居るためには。生かすためには。

 だが眼の奥が、あの日、太陽を見つめた時のように痛くなった。

 ギルベルトは彼女をそのまま人目のつかない廊下まで歩かせた。

 道具なのだ。彼の子どもでも妹でも何でもない。部下になる存在だ。他者から変に仲を勘ぐられては困る。この距離感を維持しなければ共に生きていけない。

――けれど。

 歩かせて、歩かせて、歩かせて。

 誰も居なくなってから、振り向いて手を伸ばした。

「……おいで」

 たまらなかった。軍服に血が染み込むことなど頭に無かった。いまはこうしなくてはと、自動的に体が動き、抱きしめた。初めて会った時も、彼女を連れ帰った時もギルベルトはそうしてしまった。彼女は同様の反応を見せた。ぶるりと震え、そして初めと違い今度はギルベルトの軍服を小さな手で掴んだ。離れないぞ、とでも言うようにしっかりと。

 体温と重さがあるいのちだ。彼は自分の妹達が赤ん坊の頃は、よく抱き上げてあやしていた。

 あの感触と重なる。柔らかくて、壊れそうで、守らなくてはいけないとギルベルトに思わせるいのち。思ったよりも、ずっしりと腕の中に収まる。

 その碧い瞳には、何とも切なげに顔をゆがませているギルベルトが映っている。

 苦しげに、ギルベルトはささやいた。

「こんな主でも、欲しいか」

 少女の瞳の、そのあまりにも無垢な輝きを直視出来ずギルベルトは逃げるように目を閉じた。

 

 エメラルドの瞳が開いた。

 

「……仰る意味が、理解出来ません」

 まだ若さを謳歌してもいい年齢だというのに老成した瞳が通信機を苛立った様子で見ている。外は雨だった。建物を打つ雨音が、通信の阻害をしている。

 ざあざあと、何もかも、うるさかった。

 ライデンシャフトリヒ陸軍特別攻撃部隊の指揮を命じられたギルベルトは各地の紛争を治める役割として大陸中を回っていた。彼の任務はそれに加え来たるべき最終決戦に向けて遊撃部隊としての力を育てていくこと。これに限られていたが突然違う任務が申し渡されていた。

『場所に関しては運転手を手配させる。準備をさせて、殺せと命じろ。それだけでいい。建物の中で生きている者はすべて殺せ。心配せずとも終わればすぐに戻す』

 滞在中の陸軍師団基地内、直属の上司から突然の通信を受けたギルベルトは任務の内容に反発した。

「ですから……!」

 人払いをしていたが、声を荒らげた後に口元を抑える。

「不穏分子の制圧なら、私の隊全体で行います。なぜヴァイオレットだけ任務に就かせるのですか……一兵士にさせることではありません」

 声に不快さがにじみ出るのを抑えきれてはいなかった。

『知る者が少ない方が良い案件だからだ。対象は反政府組織に武器を輸出する契約を締結した政府お抱えの武器商人だ。潜入していた諜報員から裏が取れている。野放しには出来ない。こちらの暗部を大分知っているからな。頃合いだ。始末させる。隠蔽いんぺい、と言われるのは心外だがそう捉える者も多いだろう。よからぬ思想を抱き世間に公表されでもしたら大事だ』

「であるならば、尚更確実に任務を完遂出来る人員配置をすべきです」

『それがお前の人形だ。利権にも絡まず、お前の命令しか望まない殺戮さつりく兵器。これほどの適任はいないだろう。お前が披露した見世物を忘れはせんぞ。あの時何人殺した? 年はいくつだった? お前の指導で殺しの精度は更に飛躍しているはずだ。出来ないとは言わせない。言え、出来る出来ないならどちらだ』

「それは……」

『まさか国防の最たる象徴であるブーゲンビリアの子息が、偽りを述べるのか』

 ギルベルトは言葉がうまく出てこず、肺辺りを服の上から掻きむしった。

 沈黙の数秒の間に思い浮かべる。ヴァイオレットにこの任務を命じる自分を。彼女はきっと素直に「はい」と言うだろう。躊躇ためらいはない。彼女に躊躇いはないのだ。ギルベルトの命じることなら、自分を扱ってくれる主人の為なら何だってやる。

 そしてギルベルトが一番嫌だと思っていることは、ヴァイオレットがこの任務を難なくこなすであろうことだった。確定した未来がすぐに頭の中に描ける。

 未来の中には駐屯地で眠ることも出来ずただ彼女が帰還するのを待つ自分も居る。

「……出来ます」

 声がようやく出た。

「出来ますが、ヴァイオレットには的確な現場指示が必要です。あの殺人を見たのならおわかりでしょう。私が監督しなければ武器として機能しません。同行の許可を」

 ようやく出たが、自分が言いたいことではなかった。

 

「ヴァイオレット、準備はいいか」

 

 こくの軍服に身を包んだギルベルトはエメラルドグリーンの瞳を少女にそそぐ。暗い車内で爛々らんらんと光る瞳は男の他にこの少女だけだ。少女の瞳は海の青さよりは淡く、青空よりは深い。美しい碧眼をかすませる黄金の髪を、念入りに男と同じ軍の帽子に収めて視界を広げる。

「はい」

 その返事は短く、淡々としていたが自信に溢れていた。喋られなかった少女はもう居ない。ギルベルトは稀有けうな程美しい少女兵に、軍用ナイフと拳銃を渡す。

「我々はあくまで話し合いをすると言う前提で向かうが、そのつもりは無い。これから行うことは、ライデンシャフトリヒに関係するすべての武器商人への見せしめだ」

「心得ています」

「中は大立ち回りの出来るような広さは無い。即時決断、臨機応変な戦闘が望まれる。ウィッチクラフトは使えない。だが、私も突入する。君を守る。君は敵を倒すことだけを考えろ」

「はい、少佐」

 うなずく少女はどう見ても人殺しなどしそうには無い。

 小さな肩に華奢きゃしゃな身体、年の頃は十代半ばかそれより下か。ギルベルトは物憂げに彼女を一べつしてから車から出た。外は暗闇。星の無い夜空が静けさを演出している。

「三十分もかからない。此処ここで待て」

 運転手に声をかけると、二人は路地を二つ挟んだ建物に足を運んだ。

 一見何の変哲もない住宅に見えるその建物の前では強面こわもての男が見せびらかすように小銃を抱えて門番をしていた。家は近くに数軒存在していたがどこも光は灯っていない。

 地方都市の深く入り組んだ小路の奥にある捨て置かれたような住宅地。

 人が住まないのは理由がある。血と暴力の香りがする場所に、普通の家族は居を構えない。

「ライデンシャフトリヒ陸軍所属、ギルベルト・ブーゲンビリア少佐だ。武器商人に会いに来た。此処ここに居るのはわかっている。話し合いがあると伝えろ」

 突然の訪問者に門番は当然のように不機嫌な顔を露わにした。

「ああっ……? 何だお前ら、ふざけんなよ、誰に向かって物を言ってやがる」

 他人の靴につばを吐き捨てる醜悪しゅうあくな態度に、ギルベルトは無表情のままささやいた。

「……お前こそ口の利き方に気をつけろ」

 素早い挙動で門番の持つ小銃を片手で押さえ、同時に相手の腹に拳をめり込ませた。

 うめく門番の脳天に奪った小銃を鈍器として使用し一撃を食らわせる。それでは終わらず、今度は膝をついた瞬間、横顔にえぐるように軍靴で蹴りを入れた。門番の口元から多量の血と折れた歯がこぼれ落ちる。悲鳴とも呻き声ともつかぬもんの叫びを上げる門番をギルベルトは冷ややかに見下ろす。横顔が整っている分、冷酷さは増した。

「消えろ。次は銃を使う」

 命令は建物の中の者の皆殺しだった。まだ建物の中には入っていない。命を見逃してやったのは彼なりの情けだ。だが男が逃げるようにその場から去るその数十秒後、少女は正確に、逃げた男の頭を銃で撃ち抜いた。撃たれた男の手には隠していた拳銃が握られている。

「……ヴァイオレット」

「少佐に銃を向けていました」

 更に二人が建物に入ってから数分後。激しい銃撃と悲鳴がまるで一つの音楽のように響いた。

 肉を断つ音、鏡が割れる音、断末魔の叫び。それらは予定調和にかなでられ、繰り返し繰り返し続き、最後にひと際大きな悲鳴の果てに暴力の調べは収束した。ここ一帯で唯一明かりが灯っていた建物もやがてそのともしびを失い、室内がしんと静かになる。

 世界はようやく真の姿を取り戻した。生き物すべてが深い眠りにつく静寂の時間だ。

「……うんざりだ」

 ギルベルトは弾切れの拳銃に銃弾を装填そうてんしてから息を整え部屋の長椅子に腰掛けた。

 足元の死体が邪魔だったが仕方なく無視をする。

――敵兵をほふるならまだしも、こんな汚れ仕事まで。上は彼女を殺人道具扱いしかしていない。

 不穏分子の処分も国の為なら無心で出来る。自分だけならこうは思わない。

 軍上層部が名指しで武器商人の処理を命じたのはヴァイオレットだった。本当ならこの場では少女一人が居るはずだったのだ。

「少佐、どうされましたか。任務は完了しました。生存者は、いません」

 当の本人はこんな状況でも涼しい顔をして死体の確認をしている。同伴など、必要ないのはギルベルトが一番わかっている。

「……いや」

 この冷徹な少女兵を仕立てあげたのも、使っているのもギルベルト自身だからだ。

 殺人道具扱いなどまさに自分がしていることで、人にどうこう言える立場では無い。

「…………いや、ヴァイオレット。すまないが窓を開けてくれないか。血の匂いが酷い」

 地面に作った血だまりをひたひたと踏む音がしてから、しばらくして窓が開いた。

 先程までは星の無い暗夜だったがいまは月が顔を出している。

 月光にさらされて、少女の姿がギルベルトの目に淡く映った。

 まだ幼くも既に完成された美しい顔立ち。白い頬には血飛沫しぶきが浴びせられ、清らかな姿を汚している。

「少佐?」

 じっと見つめられることに違和感を覚えたのか、ヴァイオレットが小首を傾げる。

「……………………ヴァイオレット、背がまた伸びた」

 掠れた声が出た。顔の前で両手を組んで膝に置き、頭を伏せる。どんどんと美しく成長していく彼女を見る度、ギルベルトは言いようもない悲しみが胸に湧くようになっていた。

「そうでしょうか、少佐がそう言われるならそうかもしれません」

「怪我はないか」

 声を震わせず発するのは容易たやすくはなかった。

「はい、少佐はご無事ですか」

 下を見ると、自分が殺した男の足が目に入ってくる。忌ま忌ましくなって目を閉じた。

「私は大丈夫だ。疲れただろう。君も座りなさい」

 長椅子の横を示すと、ヴァイオレットは少し躊躇ためらったが素直に腰掛けた。

 異様な光景だった。男と少女が死体が転がる部屋でゆっくりとくつろいでいる。

 月夜の美しさの恩恵が窓からそそぎ込まれ、おぼろげに二人を照らした。

 ヴァイオレットはけしてこちらを見ようとしない自分の上司に、いや上司以上の存在の男に目線をやる。その碧眼は何を思っているのか。まるで彼しか見えない、そんな風な見つめ方。

「すぐに退去しなくてよろしいのですか」

「……あと一分したら出る。外に出れば、また駐屯地に戻ってから移動の日々だ。上に言われるがままに敵の部隊を殲滅せんめつし、また移動し、殲滅する」

「はい」

「君と、本当に二人きりになる時間は……少ない」

「はい」

「君が小さい頃から一緒に居るのに、最近ではこんな時しか……

「はい」

 哀しみでのどが詰まってしまいそうな、そんな体の感覚がした。冷徹な横顔に似つかわしくない感情の産物。それらすべて、この横に座る少女によってもたらされている。

「君は私のことを恨んでいるか?」

 血反吐へどを吐くような言い方の問いに、少女は驚き目を瞬いた。

 本当に驚いたのだろう。無言が続いた後、ささやくような小さな声で返事をした。

「質問の意味がわかりません」

 それは、ギルベルトにとって予想の範疇はんちゅうの答えだった。自然と乾いた笑みが出る。

「何か、私は失敗をしてしまいましたか?」

「いいや、違う。君は何も悪くない」

「もし悪い所があれば言ってください。直します」

 どこまでも道具らしくあろうとする彼女の姿が、ギルベルトには辛い。

――けれど、悲しいだとか、可哀想だとか、そんなことを思う資格は私には無いんだ。

 辛いのに、この苦しみから逃れる手立てが無い。

「ヴァイオレット、君は何も悪くない。本当だ。もし非難すべき所があるとすれば私の傍に居ることで、私の為に躊躇ちゅうちょなく人を殺すことだ。そしてそれはすべて私が悪い」

 ヴァイオレットはそもそも善悪の判断が出来ていなかった。彼女は何が良くて何が悪いことなのかも『知らない』のだ。ただ、命令をくれる大人を追いかけているだけ。

「何故ですか。私は少佐の武器です。使うのは当たり前です」

 偽りが無いからこそ、ヴァイオレットの言葉の一音一音がギルベルトの全身を貫いた。

 少女は感情の湧かないただの殺人道具。

「どうしても……私が悪いんだ。私は君にそうして欲しくない。だが、そうさせている」

 器がどれほど美しくとも。傍に居る男にどれほどいつくしまれていようとも。

「私は君のことを、道具ではなく……」

 何の気持ちも抱かないドール。

「道具、などではなく……」

 ただ命令だけを欲している。

 

 ギルベルトは叫びたかった。

 

 恐らくは幼い頃から、許されるならそうしたかった。

 

 聞き分けの良さを求められず、自由を許されるのなら。

 

 本当は、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、叫びたかった。

 

 こんなことがあってたまるか、と。

こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。こんなことがあってたまるか。

――嗚呼ああ、こんなことがあってたまるか!

 

 その芽生えが何時いつからなのか。

 

――どうして、よりにもよって。

 

 何がきっかけなのかはわからない。

 

――どうして、彼女なんだ。

 

 何処どこを好きかと問われると、言葉ではうまく言い表せない。

 

――他の誰だって良かった。もっと適した女性が居たはずだ。

 

『しょうさ』と呼んでくれたことがいつまでも嬉しくて。

 

――なのに、私の目は君を追い、君を探し。

 

 後ろをついてくる彼女を守らなくてはと思い。

 

――唇は。

 

 何処までも変わらぬ献身に胸を打たれた。

 

――あいしてると、口走りそうになる。

 

 

 

 

 愛してしまうと知っていたなら、彼女を戦争に引きずり込む真似はしなかったのだ。

 

 

 

 

 その献身はが為に、何の為に。

 問えば、彼女は私の為にと言うだろう。

 自動的にその唇は私にとって響きの良い言葉を紡ぐ。

 主人の存在の肯定は、隷属れいぞくと命令を望む彼女の自己肯定なのだ。では。

「私、は、君、を」

 私の人生とは?

「……君を」

 私の愛は。

「……………………………君を」

 誰が為に。

「ヴァイオレット……」

 誰が為に、いまを生きているのか?

 

 

 

 

『あいって、なんですか』

 

 

 

 

「ヴァイオレット、愛、は」

 

 その時すべてがわかった。

――嗚呼ああ

 ギルベルトはその言葉が好きではなかった。

――運命だった。

 それは自分がしてきた努力や苦労をたった一言で片付けてしまうからだ。三角形の頂点に向かう為の子どもとして小さな頃から積み重ねた彼の経験値。運命のせいにされてはたまったものではない。純然たる努力の結晶のはず。だが、死の間際でギルベルトは理解した。

――運命だった。

 自分がブーゲンビリアの子として生まれてきたことも。

――運命だった。

 兄が自分を見捨て、家を去っていったことも。

――運命だった。

 そんな兄が、彼女を見つけ連れ帰り託したことも。

――運命だった。

 ギルベルトが、ヴァイオレットを愛してしまったことも。

――運命だった。

 

「ヴァイオレット」

 

――ただ、この愛を知らない娘に、それを教えること。それが私の人生だったんだ。

 

「わかりません、愛なんてわからない。少佐の言うことが、わからない。ならば、どうして私はこうして戦っているのですか。どうして命令をくれるのですか。私は、道具ですっ。他の何でもない。貴方の道具ですっ。私は愛なんてわかりません、私は、ただ、少佐を、助けたい。独りにしないでください。少佐、独りにしないでください。命令してください! 私の命を懸けても助けろと、命令してください!」

 

 

 愛してる、ヴァイオレット。

 

 

 もっと、言葉にして、君に伝えればよかった。

 君が見せる仕草の数々、新しい発見をした時の碧い瞳の見開くさま。

 私はそういう君を見るのが好きだった。

 花も虹も、鳥も虫も、雪も落ち葉も、ランタンの揺れる街も。

 もっとうつくしいままで君に見せたかった。

 私という存在を通してではなく、君が君の思うままに。

 自由にそれらをいつくしむ瞬間を私は与えたかった。

 私がいなければ、君はどう生きていたのかしれない。

 だが、私がいなければ、君はもう少し世界を。

 私が君を通して見るような世界のように。

 うつくしく見れたんじゃないのか?

 君を傍に置いてから、私は、私の人生は、随分と壊れてしまったけれど。

 三角形の頂点を目指す以外の生きる意味が出来た。

 ヴァイオレット。

 君は、私のすべてになった。すべてだ。ブーゲンビリアの家は関係ない。

 ただの、ギルベルトという男のすべて。

 私は最初、君を恐れた。だが同時に守りたいと思った。

 無知のままに罪を重ねる君を、それでも生きて欲しいと願った。

 私は君を使うと決めてから咎人とがびととなった。君の咎は私の咎だ。

 その罪ごと、愛した。

 これは、そう、君に言えばよかった。

 とても珍しいことなんだ。私は好きなものはとても少ないんだ。

 実は嫌いなものの方が多い。

 言っていないだけで、世界も、人生も、好きではない。

 国を守ってはいるが、本当は世界など好きではないんだ。

 好きなものは、一人の親友と、どうしようもなくねじれた家族と。

 そして君。

 ヴァイオレット、君だけだ。

 それだけの人生だった。君を守ろうと。君を生かそうとしたことは。

 私が自分の人生で初めて自分からやらなければ、そうしたいと思ったことだったんだよ。

 浅ましくも、願う。もっと、もっと、もっと、君を。ヴァイオレット。

 

 守って、いたい。

 

 エメラルドの瞳が開いた。

 

 暗い世界だ。虫の声が遠くで聞こえる。

 現世なのか、そうではないのか。計りかねたが薬品の匂いでここが病院だとすぐに知れた。ギルベルトは状況を確認した。寝台に寝かされている。段々と記憶が戻ってきた。自分は戦場で死んだはず。だが、浅ましくも祈ったせいだろうか。いままで何を祈っても神様は叶えてくださらなかったのに、生かされていた。

 エメラルドの瞳は片方しか開かなかった。どう努力しようとも、包帯をぐるぐると巻かれている方のまぶたが開かない。腕を動かして触れたかった。一体どうなってしまったのか触れて確認したい。だが腕もまた、片方だけ動かなかった。誰が施したのだろう。機械の腕がついていた。ギルベルトは顔を横に向けた。暗闇の中で、誰かと眼が合った。

「……お前、しぶといよ」

 赤髪の伊達だて男だ。ギルベルトの人生に置いて、唯一親友と呼べる男がそこには居た。くたびれた恰好をしている。軍服はどうしたのか。シャツとズボン姿だった。

「お前、も、な」

 掠れ声で返すと、友人は笑った。笑ったが、その後に嗚咽おえつを漏らした。片方だけの視界ではうまく友人の泣き顔が見えず、ギルベルトは残念に思った。

「…………ヴァイオレットは?」

 当然それを聞かれるとわかっていたのだろう。友人は腰掛けていた椅子をずらして隣の寝台を見せた。ギルベルトが愛した少女が横たわっている。

「死んで、いる、なら、私も殺してくれ」

 眼を閉じた姿は彫刻のようで、生死の判断がつかなかった。

 友人は生きているよ、と優しく教えてくれたが、腕はもう使い物にならないとも言った。

「片方、だけ、か」

「違う、両方だ。両方とも、もう義手がついている」

 ギルベルトは、無理やり起き上がった。慌てていさめる友人の手を借りて、少女の寝台までのわずかな距離を震える足で歩み寄る。薄っぺらい寝具をめくると、もうあの白く滑らかな陶器のような腕は存在していなかった。

「……」

 代わりに、また戦えと言わんばかりに戦闘特化の義手がついていた。誰がつけさせたのか。

 ギルベルトは自分の、生身の方の手でヴァイオレットの義手に触れた。ひんやりとしていた。

 そこにあったはずのものが無い。自分のことより、それがこたえた。

 

『少佐。これは、頂いてどうすればいいのでしょうか』

 

 エメラルドのブローチを見せた、あの掌はもう無い。

 

『しょうさ』

 

 離れてたまるものかと、ギルベルトの服の裾を掴んだあの掌はもう無い。

 

 もう、けして、戻らない。

 

『私は、少佐の、命令を聞いていたいのです……私は、少佐の命令があれば、どこまでも、行けるのです』

 

 失われたものは、けして戻らないのだ。

 

 

 ギルベルトの視界は、愛する女性が見えなくなるほど涙でゆがんだ。

 

 

 

 

「ホッジンズ、頼みがある」

 エメラルドの瞳は一筋の涙を流して閉じられた。

 

 

 

 

文庫『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』刊行10周年を記念し、エピソードをセレクトして期間限定で無料公開中。1月から12月にかけて、【毎月第4金曜日】に公開エピソードを切り替え! シリーズ全4巻に収録されているうちの約半分のエピソードをお楽しみいただけます。
ぜひこの機会に『ヴァイオレット』を読んでみてくださいね!

KAエスマ文庫『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』シリーズ刊行10周年記念企画特設ページ
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