養成塾が始まって4ヶ月目に入りました。
振り返ると、この3ヶ月は毎週の新しい課題や発見の連続であっという間だったと感じています。

現在、私が最も大きな課題として向き合っているのは画力です。
画力と一言でいっても、その中には観察力や立体感の表現、人体構造•空間の理解、動きの捉え方など様々な要素が含まれると思っています。
授業を受ける度に、それら一つ一つがアニメーション制作の土台になっていることを実感します。

特に難しさを感じているのが「動き」を描くことです。
私はこれまでアニメ制作とは無縁で、一枚絵を中心に制作を続けてきました。
そのため「動きを描く」ということ自体、この養成塾で初めて本格的に取り組む分野です。
一枚絵であれば見栄えの良い一瞬を切り取ることができます。
しかしアニメーションでは、身体のつながりや重心、前後の流れを注意深く考え、頭の中の空間や動きのイメージを正確に絵として表現する必要があります。また、一枚絵とは制作へのアプローチも大きく異なります。
完成までの考え方や工程がまだ身についておらず、どこに重点を置いて進めるべきか迷うことも少なくありません。授業で教わる多くのポイントを意識しながら描いていますが、まだ自分の中に十分落とし込めておらず、実践の中で活かし切れないことも多々あります。
今は不慣れながらも教わったことを一つずつ自分の力として定着させようと試行錯誤を続けています。

また、そうした経験を重ねる中でこれから始まるレイアウト実践をはじめ、どの課題にも共通して求められるのが画力なのだと強く感じるようになりました。実際に課題に取り組んでいると、「何か違和感がある」と感じても、自分だけではその原因が突き止められず、修正することができない場面が多くあります。

そのような時、講師の方々に添削していただくことで、自分では気づけなかった問題点や、より良い形へ修正するための考え方を知ることができます。
「なぜ違和感が生まれていたのか」「どのような視点で見るべきなのか」を具体的に教えていただくたびに、自分の見える世界が少しずつ広がっていくように感じます。

課題はまだ多くありますが、それは同時に成長できる余地があるということでもあると思います。
一つ一つの課題や添削を大切にしながら、画力を土台から磨き、動きのあるアニメーションにも説得力を持たせられるよう、これからも着実に学び続けていきたいと思います。

養成塾での生活も、始まってからもうすぐ二ヶ月。 本当にあっという間です。

僕は、自分を変えるための「きっかけ」を探して、この場所へ来ました。

この一年で目指しているのは、技術の向上という枠を超えた、自分自身の構造が書き換わるような質的な変化です。

この二ヶ月で受け取ってきた刺激の密度は、これまでの人生の中でも明らかに異質なものでした。

基礎技術や知識以上に大きいのは、第一線で活躍するスタッフたちが、こちらの姿勢や思考の癖を細かく読み取り、根本から変わるためのアドバイスをしてくださることです。

例えば、以前の自分は、とにかく「手を動かすこと」ばかりに重心を置いていました。

絵を描くことが苦しくなっても、「余計なことを考えるな、とにかく描け」と自分を急き立て、心の中がどれだけぐちゃぐちゃになっていても、描いた枚数の分だけ成長できるはずだと信じ込んでいました。

その結果として残っていたのは、目的の曖昧な反復と、徐々に生命力を失っていく絵でした。

講師の「感動の完全コピーを目指してほしい」という言葉は、その前提を一度止めるように入ってきました。

再現すべき対象としての“感動”が存在しないまま手を動かすことは、中心のない運動に近い。

その言葉を聞いて、これまでは練習量への焦りから「感動」を軽視していた自分も、今では落ち着いて自分の内面を見つめられるようになりました。

日頃触れている映像表現の中で、「かわいい!」「かっこいい!」「怖い!」と心を動かされた感覚を、以前よりずっと大切にできるようになり、そして、その感動を確実に自分の練習の糧にできるようになったと感じています。

講師の方々は、私たち一人ひとりを作品のように大切に見つめ、心を込めて全力で向き合いながら、内面にまで踏み込み、自分でも言語化できなかった悩みまですくい上げ、的確に支えてくださいました。

プロの視点を取り入れられるようになってからは、自分自身を以前より客観視できるようになりつつあり、メタ認知の解像度も少しずつ向上しているように感じています。 自分がこれまで「描くこと」に対して抱えていた誤解が、一つひとつ解けていくような感覚があります。

この二ヶ月間で、自分の画力の向上を確かに実感しています。講師の方々がおっしゃっていた通り、これまで描けないなぁと思って、曖昧なまま放置していた部分の中に、成長の糸口が隠されていました。 この一年で、人体に対する曖昧な理解を一つずつ解消し、確かなものへと変えていきたいです。

現在の自分にとって最大の課題は、時間管理です。やりたいことが積み重なるほど、作業中の集中力は落ち、焦りが焦りを呼び、冷静さを失ってしまうことがあります。

そんな自分の状態を、講師の方は見抜いていて、「焦っていろいろやるよりも、大事なことを冷静にやっている人の方が強い」と言葉をかけてくださいました。本当に、毎日のように心に刺さる言葉を受け取っています。

心を整理するための時間を持つことの大切さを、痛感している今日この頃です。

インプットのための時間も、現状では十分に確保できていません。

今後の目標は、毎日一定の時間を確保し、映画鑑賞と内面の整理を習慣として定着させた上で、成長のプロセスの「感動・分析・再現」それぞれに適切な時間を配分しながら取り組んでいくことです。

コミュニケーション能力においても、自分には大きな課題があります。

塾生同士の交流のための授業前10分間ミーティングでは、感じた感動や魅力を言葉としてうまく共有できないことがありました。

これからは、話の上手い塾生の姿から学びつつ、自分自身の振り返りを重ね、この一年でコミュニケーション能力を磨いていきたいと思っています。

正直なところ、「本当に自分はここにいていいのか」という不安はまだわずかに残っています。

でもそれ以上に強いのは、この環境に身を置いている以上、変わらないはずがないという確信です。

この一年間で、

僕はただ受け手として感動を消費するだけだった、“ファン目線”を引きずった素人から、

誰かに感動を届けられる、本物のクリエイターへと変わります。

最終的に集大成としての卒制で作りたいのは、空間の温度や空気感まで伝わり、自然と心を動かされる映像です。

アニメーター科講師の北之原です。
4月に入塾した35期生の授業がスタートしています。
私が担当する最初の授業は、常識的なアニメーション知識の講義です。
知識から必要な事を理解して目標を探り、効果的な研究や訓練に繋げられることが目的です。
最初の実技では自分の持った力を出し切ることが課題になることが多いです。
その後には感覚を磨かなければ進歩し難い時期も来るかもしれませんが、まずは今ある自身の力を、しっかりと表現につなげられる集中力の使い方が問われます。これは思いの強さと要点を見定める判断力によるものが大きいです。
広い視野で深く作品に取り組める技量を目指して進めていきます。

2026.02.20

質と時間

ほんの少し前に入塾したような気がしますが、現在は卒業に向けて自身で1からアニメーションを制作していて、それも佳境を迎えています。
これまでインプットしてきた技術をアウトプットしていくだけでなく、卒業制作を通じて新たに学ぶこともたくさんあり、1年の集大成なんだなと思うばかりです。

入塾して間もない頃、講師の方から質と時間のお話がありました。
多く描けても質が悪い、クオリティが高くても時間に追われ量が描けない、など。
あの時のお話が伏線だったかのように今、悩まされています。
そしてこの問題は、プロのアニメーターになってからより顕著に悩むことになると思います。
スケジュールと常に相談しつつ、力の入れるカットやシーンのクオリティを上げながら、ある程度進めていかなければなりません。
その結果、最後まで全力で走り切ったあとにもしかすると満足いかない部分も見つかるかもしれませんが、それは今の自分に必要な経験であると考えて糧にしていこうと思います。

制作期間は残り約2週間、通塾は1か月程、後悔しないよう頑張ります。

卒業制作も中盤を越え、私は現在『原画』の作業に取り組んでいます。

制作を進める上で特に難しいと感じる部分は『終わりの見極め』です。
期間が決まっている中で良い作品を作るためにはどうしてもすべてに時間をかけるわけにはいきません。
しかし、カットごとに作業を進めているとそのカット内で演技を成立させることに意識がむいていき、力を入れる場所があやふやになっていることを感じます。
また、見直しをしていると『さらに手を加えればもっとよくできる気がするのにここで終わって良いのか』という迷いも生まれます。
『目の前のカットだけでなく全体を通して作品としての完成度を考えなければならない』というのは、今まで取り組んできた課題との違いを一番感じる部分であり、改めてアニメーションの難しさを感じています。
同時に、自分のなかで描いた通りキャラクターに演技をさせられた時は自分の考えたキャラクターが『生きている』と感じる不思議な感覚があり、そのたびにアニメーションの楽しさを噛み締めています。

卒業制作も残り1カ月ほど。目の前のキャラクターに向き合いながら自分の思い描く作品を完成させられるよう、全力で頑張っていきたいと思います。