養成塾での生活も、始まってからもうすぐ二ヶ月。 本当にあっという間です。

僕は、自分を変えるための「きっかけ」を探して、この場所へ来ました。

この一年で目指しているのは、技術の向上という枠を超えた、自分自身の構造が書き換わるような質的な変化です。

この二ヶ月で受け取ってきた刺激の密度は、これまでの人生の中でも明らかに異質なものでした。

基礎技術や知識以上に大きいのは、第一線で活躍するスタッフたちが、こちらの姿勢や思考の癖を細かく読み取り、根本から変わるためのアドバイスをしてくださることです。

例えば、以前の自分は、とにかく「手を動かすこと」ばかりに重心を置いていました。

絵を描くことが苦しくなっても、「余計なことを考えるな、とにかく描け」と自分を急き立て、心の中がどれだけぐちゃぐちゃになっていても、描いた枚数の分だけ成長できるはずだと信じ込んでいました。

その結果として残っていたのは、目的の曖昧な反復と、徐々に生命力を失っていく絵でした。

講師の「感動の完全コピーを目指してほしい」という言葉は、その前提を一度止めるように入ってきました。

再現すべき対象としての“感動”が存在しないまま手を動かすことは、中心のない運動に近い。

その言葉を聞いて、これまでは練習量への焦りから「感動」を軽視していた自分も、今では落ち着いて自分の内面を見つめられるようになりました。

日頃触れている映像表現の中で、「かわいい!」「かっこいい!」「怖い!」と心を動かされた感覚を、以前よりずっと大切にできるようになり、そして、その感動を確実に自分の練習の糧にできるようになったと感じています。

講師の方々は、私たち一人ひとりを作品のように大切に見つめ、心を込めて全力で向き合いながら、内面にまで踏み込み、自分でも言語化できなかった悩みまですくい上げ、的確に支えてくださいました。

プロの視点を取り入れられるようになってからは、自分自身を以前より客観視できるようになりつつあり、メタ認知の解像度も少しずつ向上しているように感じています。 自分がこれまで「描くこと」に対して抱えていた誤解が、一つひとつ解けていくような感覚があります。

この二ヶ月間で、自分の画力の向上を確かに実感しています。講師の方々がおっしゃっていた通り、これまで描けないなぁと思って、曖昧なまま放置していた部分の中に、成長の糸口が隠されていました。 この一年で、人体に対する曖昧な理解を一つずつ解消し、確かなものへと変えていきたいです。

現在の自分にとって最大の課題は、時間管理です。やりたいことが積み重なるほど、作業中の集中力は落ち、焦りが焦りを呼び、冷静さを失ってしまうことがあります。

そんな自分の状態を、講師の方は見抜いていて、「焦っていろいろやるよりも、大事なことを冷静にやっている人の方が強い」と言葉をかけてくださいました。本当に、毎日のように心に刺さる言葉を受け取っています。

心を整理するための時間を持つことの大切さを、痛感している今日この頃です。

インプットのための時間も、現状では十分に確保できていません。

今後の目標は、毎日一定の時間を確保し、映画鑑賞と内面の整理を習慣として定着させた上で、成長のプロセスの「感動・分析・再現」それぞれに適切な時間を配分しながら取り組んでいくことです。

コミュニケーション能力においても、自分には大きな課題があります。

塾生同士の交流のための授業前10分間ミーティングでは、感じた感動や魅力を言葉としてうまく共有できないことがありました。

これからは、話の上手い塾生の姿から学びつつ、自分自身の振り返りを重ね、この一年でコミュニケーション能力を磨いていきたいと思っています。

正直なところ、「本当に自分はここにいていいのか」という不安はまだわずかに残っています。

でもそれ以上に強いのは、この環境に身を置いている以上、変わらないはずがないという確信です。

この一年間で、

僕はただ受け手として感動を消費するだけだった、“ファン目線”を引きずった素人から、

誰かに感動を届けられる、本物のクリエイターへと変わります。

最終的に集大成としての卒制で作りたいのは、空間の温度や空気感まで伝わり、自然と心を動かされる映像です。